取組インタビュー#27

21分

松本市 アルプス山岳郷「地域おこし協力隊 鈴木さん」

~ 地域の魅力を届け 移住に希望をもってもらえる存在になれたら ~

地域おこし協力隊とは、都市地域から住民票を異動して「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組み。地方への新たな人の流れを創出するため、総務省が令和8年度までに隊員を10,000人とする目標を掲げており、取組みの推進が期待されています。

そんななか、2023年8月に松本市アルプス山岳郷(以下アルプス山岳郷)に2人の地域おこし協力隊員が赴任しました。「いつかは自然に近いところで暮らしたいと思っていて、最高の場所に来ることができた!」と語るのは、隊員の一人である鈴木健作さん。今回は、鈴木さんに地域おこし協力隊員として働くことになったきっかけや、現在の取組みのほか、この地域への移住にあたってどんなことを思い、赴任して半年経った今、感じていることについて、話をお聞きしました。

地域おこし協力隊に応募したきっかけ

「ここ(アルプス山岳郷エリア)は本当にいいところで、毎日が幸せです。」

2023年8月に妻の朋佳さんと共に大野田地区へ移住した鈴木さんは、笑顔で話し始めてくれました。

現在26歳の鈴木さんは、大学卒業後に東京都内で会社員として2年間勤めました。ハードワークが続くなか、「このまま都会で仕事をするよりも自然の近くで暮らしたい」という思いが強くなり、移住を考えるように。調べていくうちに「地域おこし協力隊」という制度があることを知り、「山に囲まれた長野県の協力隊になりたい!」と考えるに至ったそうです。

そんな鈴木さんが、最初に自然に興味をもったのは学生時代。語学留学でアメリカに滞在した際に友人と訪れたグランドキャニオンがきっかけでした。

鈴木さん「当時の自分は21歳。それまで絶景というものを見たことがなく、現地に着くと一面に景色が広がって、ホライズン(地平線)が見渡せるその圧倒的な景色に感動。そこから、国立公園ってすごいなと思うようになった。いつかアメリカの国立公園を全部周りたい。」

△2019年に訪れたグランドキャニオン(写真:鈴木さん提供)

グランドキャニオンをきっかけに、すっかり自然に魅了された鈴木さんは、帰国すると日本各地の国立公園を訪れるようになったといいます。

鈴木さん「ただ、アメリカの国立公園と違い、日本では入口が分かりにくくカウントがしにくい。だから絶景を目標に出かけようと考えました。『日本の絶景ってどこだ?……山だ!』それで登山を始めました。」

△移住を考える前の2020年に乗鞍岳へ。頂上で晴れたのは乗鞍岳が初めてで、印象に残る登山になったのだそう。

その後、仕事を辞めてこの先どうしようか考えていたところ、たまたまアルプス山岳郷が地域おこし協力隊を募集していて、「タイミングもロケーションも何もかもが完璧でした!」と嬉しそうに語る鈴木さん。山に囲まれたこの地域で暮らせること、働けることの喜びを何度も噛みしめていました。そんな鈴木さんに地域おこし協力隊として与えられた任務とは……?

△移住してすぐ、妻の朋佳さんと共に乗鞍岳で撮影したウェディングフォト

地域おこし協力隊としての働き、取組み

鈴木さん「マーケティングプロデューサーという肩書を頂いている自分の任務は、アルプス山岳郷が自分達で稼げるコンテンツをつくること。でもいざ入ってみると、それももちろん大事だけどそれが全てではないことが段々と分かってきたところです。アルプス山岳郷としては『地域づくり』というものがここで一番大事で、そこに関わる働きを期待されている割合が大きいのかなと。」

鈴木さんが体感しているように、アルプス山岳郷では、理事キャンプでの対話や地域クレド(地域の人達が心がける信条や行動指針)の作成などを通し、同じ地域に暮らす人達がビジョンを共有して行動に落としこみ、地域づくりを進めていく動きが本格化しています。そのためにも、一緒に地域を盛り上げ、実働部隊として動ける人材を熱望していました。

鈴木さん「自分には特別なスキルは何もないので、何でもお手伝いできればと思っています。とにかく地域のイベントに参加して、できるだけ手足となって働こうと。乗鞍の花火大会『信州はなびりうむ』の今年6月の開催に向けた実行委員会にも入り、会議などに参加しています。」

「自分には何もない」と終始控え目な鈴木さんですが、協力隊として様々な会議やプロジェクトに参加していくうちに、ひとつひとつのプロジェクトを進めていく感覚や調整スキルが、前職で知らず知らずのうちに身についていたことに気づかされたといいます。

ネガティブ移住のモデルに

そんな鈴木さんが、移住前後のご自身のことについて振り返ってくれました。

鈴木さん「自分は前職で挫折し、ここに来る前は人生どん底の状態でした(笑)。」

鈴木さんは、地域おこし協力隊になる前はNTTデータでエンジニアとお客様対応をしていました。入社してみると、周りは優秀な人ばかり。厳しい環境で上司に詰められ、みるみると自信がなくなっていったそうです。

鈴木さん「仕事がうまくできず、この先、生きていけるのかな?という思いがあった。そんなところに、地域おこし協力隊の話があり、実際にここへ来て人のあたたかさに触れて、自分にも居場所があるんだなと思えた。色んな人に助けてもらえたからこそ、この地域に恩返しをしたいという想いが芽生えました。」

「この地域に恩返しをしたい」という想いをもった鈴木さんは、地域おこし協力隊として赴任した当初、「自分が頑張らなくては」とがむしゃらに仕事を進めようと思っていました。しかし、地域の様々な集まりに参加しているうちに、「地域というものは、みんなで決めてみんなで進めていくものなんだ」ということが身に染み、最近は肩の力が抜けてきたのだとか。そしてまた、紆余曲折あった鈴木さんだからこそ、「移住」について独特の思いがあるようです。

鈴木さん「『移住』というと『何か新しいことをやりたい!』といったポジティブな印象を持ってやってくる人が多いと思うが、自分はちょっと違う。都会から逃げてきて、地域の方が受け入れてくれて、今、幸せを感じられる自分がいる。そういった意味で、『地方に逃げることも悪くない』と、ネガティブな移住者にとって希望を持てる存在になれたらなと思います。」

移住という新たな選択肢があることで、救われる人が少しでも増えてくれたらと願う鈴木さん。「まだまだこれからです!」と語りつつも、ご自身のネガティブな体験をポジティブなモチベーションに転換するその柔軟さが、地域に新しい視点や動きをもたらし始めているようです。

思い描く 自身と地域の未来

地域おこし協力隊の任期は3年間。まだ半年が経ったばかりですが、任期が終了する頃、例えばどんなことがご自身の周りで起こっているといいか尋ねてみると……。

鈴木さん「個人としてはいつか宿をやってみたい。どういう形態でもいいけれど、宿を通してこの地域の良さを知ってもらえたら。」

鈴木さんは、移住を決める前に訪れたある宿が理想にあると教えてくれました。そこは南木曽町の山奥にある、元地域おこし協力隊の方が経営する宿。オーナーの方と色々と語り合っているうちに、鈴木さん自身も「移住したい」など、やりたいことが見えてきたといいます。

鈴木さん「あの宿で自分自身を見つめ直せたように、様々な人が人生を見つめ直すことのできるような、考える時間と空間をつくれたら。それから、この地域に訪れてくれる人の滞在時間が増えてほしいなと。自分も初めて乗鞍岳を訪れた際は、今の多くの観光客と一緒で、麓地域のことを知らずに山だけ登って、滞留しなかった。そういった方々がもうちょっとこの地域で行われていることを知って頂けるよう、貢献できたら。知れば知るほどアルプス山岳郷エリアはすごいので!」

△鈴木さんが初めて乗鞍岳に訪れた際に見た景色(写真:鈴木さん提供)

人生を見つめ直す時間と空間をつくりたい!地域の良さをもっと知ってもらいたい!という純粋でまっすぐな想いをもつ鈴木さん。この地域に、新しい芽吹きのような新鮮さを感じさせてくれます。最後にこの地域で歩みを進めていく上で鈴木さんが大事にしたいことについてお聞きしました。

鈴木さん「『人と話すこと』と『地域に恩返しをしたいという気持ち』を忘れずにいたい。人生ってなんでもいいと思ってるけれど、何も考えずに進んで行くことはできないと思っていて。自分自身、答えのないことを話すことや、話せる場が好きなので、そこを大事にしたい。人と接することで感じられるあたたかさというのかな。答えはなくても納得はできる。これから色々あると思うけれど、その気持ちを忘れずにいれば、辛いことがあっても多分乗り越えられると思います。」

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何か問題や課題に直面した際、置かれた状況の中で冷静に俯瞰して自分自身を見つめることは、自身の不甲斐なさや押し込められていた様々な感情に向き合わざるを得なくなり、時に勇気がいることもあります。元エンジニアの鈴木さんのように、冷静さと共に自分自身をしっかりと見つめ、誰かとの対話というあたたかさのなかから、本当はどうしたいのかを見つけていくと、どんなネガティブな経験も、貢献的なモチベーションに変換することができるのかもしれないと気づかされます。それは個人はもちろん、地域のあり方にも通じそうです。身の周りで「冷静さ」と「あたたかさ」を今より少し、取り入れたくなりました。

取材日:2024年2月6日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子