奈川 だいじ屋×ふるさと奈川
~山の遊びを伝え、山の暮らしの価値を伝えるフィールドガイド(前編)~
アルプス山岳郷の中で、ひときわ暮らしの色が濃いといわれる奈川地区は、山々のはざまに穂高連峰の凛々しい姿を眺められ、そばや野菜などを作る畑が広がり、冬には集落のあちこちで薪ストーブがくゆる、のどかな地域です。過疎化により年々人口が減っている現状がありますが、寒風にも負けないような、明るい子ども達の声が飛び交う家族が奈川にいます。2023年5月に「だいじ屋」という屋号でアウトドアガイド業を始めた関谷健司さん一家です。そしてその健司さんのよき相談相手となって一緒に奈川を盛り上げようとしているのが(株)ふるさと奈川の小出将司さん。今回は、奈川をフィールドにした新しい動きについて、キーパーソンともいえるこのお二人に、現在の取り組みと、奈川のこれからについて、お話を聞きました。
奈川でだいじ屋を営む理由
5月にスタートした「だいじ屋」は、春夏秋冬、奈川の旬を感じられるツアーを行っています。春は山菜狩りとトレッキング、夏は沢遊び、秋はきのこ狩りとトレッキング、冬はスノーシュー、釣りシーズンには釣りのツアーなど、奈川ならではのオリジナルツアーを企画し、健司さんがガイドを務めています。
△だいじ屋の関谷健司さん
健司さん「将来的に自分で何か事業を起こしたいとは思っていたけれど、奈川で暮らし始めた当初は、ここでガイドをやるとまでは思っていなかった。」
関谷さん夫婦が奈川で暮らし始めてから、今年の冬でちょうど8年。もともと東京でサラリーマンをしていた健司さんは、脱サラしてバックパッカーとして海外や日本国内を旅した後、岐阜県郡上市にあるガイド会社に就職。その後、乗鞍・上高地を拠点にガイド業を営むリトルピークスのガイドとして通年このエリアで働き始めるタイミングで、妻の野枝さんと共に奈川に移り住みました。
住む場所については、奈川を含め近隣の地域を色々と検討したそうです。最終的に奈川に決めた理由について野枝さんはこう語ります。
野枝さん「圧倒的な自然が広がる乗鞍・上高地と距離の近い奈川は、この自然の中だからこそ見える生活感がすごいなと思った。蕎麦や野菜を運ぶ農家のトラックが頻繁に走っていたり、農作業をする姿が日常にあり、自然の中で暮らしている景色がたまらない。生活するならここだな!と思った。」
健司さんも第一印象でピンと来たといい、まずは試しに住んでみるつもりが、次第にそうではなくなっていったのだそうです。
△関谷さんファミリー
健司さん「住んでいると愛着がわいてくるし、情も出てくる。人にも土地にも。そして年々できることが増えるので、1年目よりも2年目と奈川の生活の楽しさが増していく感触がある。また、ここで暮らすにはどうしたって人と助け合う必要がある。そういう関係性が僕にとっては心地良い。」
健司さん宅の玄関前には、送り主不明の野菜がドカッと置かれていることが頻繁にあるそうです。それ以外にも様々な場面で、地域の人から気にかけてもらえ、子ども達も含め大事にされていることを実感して、ありがたいと思う反面、どうやって地域に返せるのだろうといつも気にしているのだとか。
健司さん「その一環で、例えば近所の一人暮らしの家の除雪を冬にしたところ、喜んでくれた当人から話が地域内に回って、『何を狙ってるの?(笑)』と、地域の人に冗談で言われたりする。そういったことが重なると、周りのみんなも笑顔になるし、僕自身地域への愛着も更に増し、『また次も(地域のために何かしよう)』となる。毎日がその繰り返し。そういった繰り返しこそが特別なものだと思う。」
アウトドア体験の場としての奈川の魅力
こうしたあたたかな交流が暮らしの中で繰り返されていくうち、健司さんは徐々にこの奈川をフィールドにガイドツアーをしたいと思うようになり、今のだいじ屋の立ち上げにつながったといいます。そんな今、健司さんが思うアウトドア体験の場としての奈川の魅力とは……?
△この秋に開催されたきのこ狩りツアーの様子(だいじ屋Facebookページより)
健司さん「日常に自然の楽しみ方があること。派手ではないけれど、地域の人たちが自分の秘密基地のような場所を持っていて、思いっきり楽しんで育って、自分の子どもを連れていくうちに子どもも遊ぶようになっていく。いわゆる『観光地』というよりは、山の暮らしの中の遊び場というのが春夏秋冬ずっとあることかな。色んな人に発信することで、きっとこの良さが伝わるだろうなと思うし、色んな見せ方があると思う。」
現状では、観光で訪れる人が、健司さんの思う奈川の魅力に触れることはなかなかできず、体制も整っていません。奈川ならではの体験を提供できるよう模索中だという健司さんが頼りにしているという人物が、ふるさと奈川の小出さんです。
ふるさと奈川で取り組む新しいキャンプ場運営
小出さんは、ふるさと奈川が管理運営する温泉施設「ウッディ・もっく」を2022年の1月から任され、キャンプ場を付帯する施設としてリニューアルし、観光施設としての価値向上に励んでいます。もともとは、山梨県でキャンプ場の運営会社にいたという小出さん。当時から、「自然に関わる人を増やしたい」という思いを持って仕事をしているそうです。
△(株)ふるさと奈川の小出将司さん 4児の父でもある。
小出さん「山梨のキャンプ場運営も楽しかった。でも都会の人がただ一時的に自然を楽しんで帰っていくのを見ていると、もっと色んな人が、日常の暮らしの中に自然を取り入れるために何かしたいと思うようになった。自分自身も、もっと自然と密接な関係でいたいと思い、仕事を変えて7年前に松本に引っ越しました。」
現在、松本市梓川に住む小出さん。移住してまず勤めたのは、稲核にある自然エネルギーの会社でした。奈川はその開発現場の一つ。何度も通ううちに奈川の人たちと知り合うようになり、ふるさと奈川に行き着きました。そのふるさと奈川で、キャンプ場の運営を新たな形で始めるタイミングで、松本市の指定管理を請け負うための資料作り(事業計画やコンセプト立案)を手伝うことに。
小出さん「キャンプ場の運営は得意だし、考えるのが楽しくて、『もっとこうすれば上手くいくのでは?奈川に関わる人が増えるのでは?奈川のファンも増えるのでは?』とアイデアがわいた。実際に提案が通り、ふるさと奈川が運営できることになって、『自分がやります。やらせてください!』と言ってふるさと奈川に転職し、今があります。」
△ウッディ・もっくでのキャンプ利用の様子(ウッディ・もっくFacebookページより)
小出さんの立てた事業計画の中には、キャンプ場だけでなく地域を盛り上げる工夫が散りばめられていました。例えば、ウッディ・もっく内に薪ステーションを作るプランや、地元の人たちの交流の場としても機能する温泉施設のプランなど。また、実際に小出さん発案のウッディ・もっくでの雪中キャンプは、昨年始めたところ好評で、今シーズンも集客を見込んでいるといいます。そんな小出さんが奈川に抱く思いとは……。
自然と一緒に生きる場所 奈川の暮らしの価値
小出さん「毎日通勤で奈川の集落を通る際、この地域の生活をリアルに感じられる。畑で収穫した豆を干し始めた様子や、薪ストーブの煙が10月頭くらいからもくもくしているのを見られると、季節の移り変わりと共にある奈川の生活の様子を感じられ、みんな、生きているな、という実感が得られる。それが心地いい。」
見ているだけでなく、自宅にも薪ストーブがあり、薪を割るところから自給しているという小出さん。自らも自然を取り入れる暮らしを実践しています。
△ウッディ・もっくで白樺の移植作業をする小出さん
小出さん「薪ストーブは自然を暮らしに取り入れる第一歩。エネルギーを自給できる手段だし、生活を豊かにしてくれるいいアイテムだと思う。薪ストーブを使う家庭が多いこともそうだし、奈川は山の中にあり、自然と近い場所で暮らす人がいる場所。この暮らしの価値をもっと色んな人に届けたい。」
春夏秋冬それぞれにある山の暮らしの中にある遊びをガイドしたいという健司さんと、奈川にある山の暮らしの価値を多くの人に届けたいという小出さん。この2人がタッグを組んで、奈川ならではのフィールドガイドを地域で連携して提供しようという動きが始まったそうです。その詳しい内容や今後の展望について、後編へ続きます。
◇だいじ屋
https://daiji-outdoor.com/
◇(株)ふるさと奈川
https://office.furusatonagawa.com/
◇ウッディ・もっく
https://mock.furusatonagawa.com/
取材日:2023年11月6日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子
コメントを残す