安曇「古道徳本峠道を守る人々」
~協働の力と山への思いでつながる道普請~
「クラシックルート」として知られる徳本峠は、島々集落から上高地をつなぎ、古くから信州と飛騨を結ぶ歴史ある街道です。かつてはウォルター・ウェストンや高村光太郎、芥川龍之介などが通った道としても名高く、島々谷の美しい自然と共に、多くの登山家や自然愛好家に親しまれてきました。しかしこの道は、度重なる崩落によって幾度も通行が困難となります。最近では2020年から長らく通行止めが続いていましたが、関係者の努力のもと2024年9月に再開されました。
徳本峠を守るための道普請(登山道整備)活動を長年行うのが、「古道徳本峠道を守る人々」(以下「守る人々」)です。この団体は、行政や地域の協力を得ながら道を守り続けています。今回は、会の副代表である奥原仁作さん、事務局の髙山昇さんにお話を伺いました。
協働の力で守り続ける道
「守る人々」が設立されたのは2011年。当時、徳本峠小屋の顧問であった高山良則さんを代表に迎え、奥原さんと髙山さんを含む4人で結成されました。発足のきっかけは、奥原さんが「このままでは道が廃れてしまう」と危機感を抱き、自分たちの手で道を守ろうと決意したことでした。
△副代表の奥原仁作さん (株)ふるさと奈川の代表を務める傍ら道普請に尽力している
奥原さん「山が好きで道普請が好きだから、ここまで続けてこられた。行政の職員と実際に道を歩き、危険な箇所を見てもらうことで、直に支援が得られ、活動を認識してもらえたことも大きい。」
守る人々は、行政との協働体制を築きながら、14年にわたって道の整備を続けてきました。彼らの活動には、環境省や林野庁、松本市役所などの関係機関も参加し、毎年数回山に入っては倒木の処理や橋の架け替え、補修などを行っています。
△倒木を利用して桟道を作る(2016年10月31日 写真提供:守る人々)
信飛トレイル開通と徳本峠の未来
2023年、信州と飛騨を結ぶKita Alps Traverse Routeと呼ばれる観光圏が発表され、これにより徳本峠の重要性は一層増しました。また、2025年にオープンする予定の信飛トレイルが新たに開通することで、徳本峠はこの観光圏を歩いて旅するルートとして重要な位置を占めることとなりました。しかし、このルートを継続して利用できるようにするには、年ごとの整備と維持管理が不可欠です。
※信飛トレイルについてのインタビュー記事はこちら
https://community.alps-sangakukyo.jp/2024/11/interview31/
奥原さん「信飛トレイルが開通すれば、多くの人が島々谷を通り、自然の中を歩けるようになる。それは良いこと。ただ、自然愛好家や登山中級者が安心して歩けるための整備が求められる。」
△沢の堆積物を取り除く様子(2016年10月31日 写真提供:守る人々)
こう話す奥原さんは、維持管理体制の課題については、「お金で全てを解決するのではなく、ボランティアの形で続けていくのが理想」という思いを持っています。しかし、現実には持続可能な形での管理体制の確保が大きな課題です。
2025年で発足15周年を迎える、守る人々。会長の良則さんは80歳を越え、奥原さんも75歳を迎えるため、次世代の担い手の育成が急務です。奥原さんは「この道の整備は、行政との協働が最も効率的だが、今後、誰がこの活動を引き継いでいけるかが課題」と言います。これまで参加者は紹介や顔見知りが中心でしたが、今後は共に活動できる新たな仲間を募り、少しずつでも活動を続けていくことを望んでいます。
△これまでの取り組みは「山と溪谷」など各種メディアで度々取り上げられている
山と向き合い道を直す、その心
徳本峠の道普請は、険しい地形の中で怪我のリスクを伴う危険な作業も含まれます。しかし、奥原さんは「自分のために道を作っている」と明言し、道普請が自身の生きがいであるといいます。
△巨木と戦う様子(2013年5月21日 写真提供:守る人々)
奥原さん「そんなにキツイことなんてやめればいいという人もいる。でも、自分にとっては、苦労して汗をかいて道をつくること、重いものをかついで歩くことが自分の人生の一部。生きがいであり、人生とマッチングしている。やっぱり、人のためにやっているわけじゃない。自分のためにやっているんです。」
苦労して汗をかき、道を直しては歩き、また直しては歩く。それが自分の人生そのものという奥原さんの姿には、山との一体感が感じられます。
△急斜面を御柱里曳きするかのように木を引き上げる(2017年5月29日 写真提供:守る人々)
奥原さん「人間は自然の一部。特に都会で暮らせない俺みたいな奴はそこらへんの木と一緒で、山に入れば木は友達であり、親であり。どうしても伐らなきゃいけない時は悪いけどと思って伐らせてもらうけどね。岩や水もそう。山に入ると自然と自然の一部になっていく。」
奥原さんにとって、「自然と一体となって山に入り作業を行うことが自分にとっての豊かな生き方」だといい、この彼の姿勢は共に山に入る仲間たちにも大きな影響を与えています。
人生に学びを与える道普請
事務局の髙山さんもまた、奥原さんの背中を追いかけながら徳本峠の道普請に関わるようになった1人です。「道普請を通して登山道整備の技術だけでなく、山との向き合い方や人生における学びも得ている」と髙山さんは話します。この活動は、単に山道を整備するだけではなく、山を通じて豊かな人生観を築き上げる機会となっています。
△橋の上の堆積物を除去する様子(2022年5月16日 写真提供:守る人々)
「人のためではなく自分のために行う道普請が、結果として世のため登山者のためにもなれば良い」という奥原さんの言葉には、自然と向き合い、自らの人生を豊かにする尊い営みが込められています。整備道具を手にし、山に入って道を直す。こうして山道を豊かに切り拓く人たちの姿は、まさに自然の営みに沿い、自然の一部として歩む生き方そのもの。山を歩き、道に転がる小枝や小石を取り除くところから彼らの背中を追いかけたい。そう強く思わされました。
◇古道徳本峠道を守る人々
事務局:髙山昇さん nobo_nonchi@yahoo.co.jp
※「古道徳本峠道を守る人々」は環境省自然環境局国立公園課より「令和6年度自然歩道関係功労者表彰」を受賞しました
取材日:2024年10月16日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子
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