取組みインタビュー#31

17分

松本・高山「信飛トレイル準備委員会」

~「歩く道」が結ぶ、新たな旅の形~

中部山岳国立公園内、松本と高山を結ぶ「信飛トレイル」。2025年春に開通が予定されるこの113kmのロングトレイルは、自然や歴史、そして地域の暮らしとつながる「歩く旅」を実現しようとしています。環境省が推進するBig Bridgeプロジェクトのもと、2023年に「Kita Alps Traverse Route」が発表され、信飛トレイルの構想が動き出しました。今回は、信飛トレイル準備委員会の杉山知子さんと内山雄斗さんに、その意図や思いを伺いました。

歩いて見える、新たな地域の魅力

信飛トレイル準備委員会(以下「準備委員会」)が発足したのは2023年のこと。代表理事を務める藤江佑馬さん(Raicho.inc)を中心に、理事として杉山知子さん(Flying Peaks)、事務局として内山雄斗さん(Raicho.inc)らが参画し、理念や行動指針を定め、活動を本格化させました。

△信州と飛騨を結ぶ信飛トレイルの「結」を表現したロゴマーク。自然・人・土地・文化など様々なものが織りなす模様のはじまりや、つながりを感じられるデザイン。

信飛トレイルの目的は、松本、高山、上高地の観光スポット間を結ぶことで「点と点の間にある魅力を楽しんでもらう」ことだと内山さんは語ります。「歴史ある古道の徳本峠や、島々や丹生川などの日本の昔ながらの街並みや里山の風景が残る地域を、歩くことで新たに発見してほしい」という想いが込められています。

△準備委員会事務局の内山さん 

内山さんは、信飛トレイルが「地域に愛されるトレイル」になることが重要だと考え、説明会やモニターツアーの企画など、地域住民への情報発信に注力しています。

内山さん「地域住民が自らのトレイルとして愛着を持ってくれることで、訪れるハイカーとの交流が深まり、信飛トレイル独自の魅力が生まれるのではないかと思います。」

信飛トレイルが単なる観光地でなく、地域の人々がトレイルの魅力を共有し、外からの訪問者と交流を深められる場となることを目指しています。

松本と高山をつなぐ「一体感」

信飛トレイルは松本市と高山市という異なる行政区をまたいでいますが、歴史的にはかつて両地域は筑摩県の一部として一つの文化圏でした。「当時は人々が行き交い、交流が盛んだったはず」と杉山さんは述べます。また、野麦街道やブリ街道を通じて、物資と人の交流が長く続いてきた歴史があり、山麓に暮らす人々の共通の感覚も残っていると感じるそうです。

△準備委員会理事の杉山さん。高山周辺でサイクリングツアーやスノーボードガイドをしている 

杉山さんは飛騨地域で通訳案内士として多くの海外旅行者と接する中、「山間地域と街が密接に繋がり、距離が離れていても人々が知り合っている姿に驚く旅行者が多い」と話し、彼らが地域の人と交流し、輪の中に入り込むことで感動を覚える場面に度々遭遇したといいます。

杉山さん「この地域には、旅の中での交流が自然と生まれる空気があると思う。」

杉山さんがこう話すように、このトレイルは、ただの移動ルートではなく、地域の人々との交流を深め、歩くことで得られる出会いと一体感を体感する「旅の道」としての役割が期待されます。

△2023年に行われたトレイル調査の様子(写真提供:準備委員会)

信飛トレイルで歩く「五感の旅」

信飛トレイルは、歩くことで地域の豊かさや文化を五感で感じることができるのが特徴です。内山さんは、信飛トレイルを5泊6日でスルーハイクした際の経験を、「街から山へと移り変わるグラデーションを歩きながら感じ、温泉で毎日リセットされることで心から満たされる」と振り返ります。

△スルーハイクでは、バスや車の速度では通り過ぎてしまう景色や人との交流に度々心動かされたのだそう

内山さん「松本と高山の共通点は、日本の屋根ともいわれる飛騨山脈の自然が育んだ文化が根付いていること。歩くことで、山の自然が暮らしの中にどう関わっているか、その違いも体感できます。」

△道中の店にふらりと立ち寄るのも歩く旅の楽しみの一つ(写真提供:準備委員会)

一方、杉山さんは「歩く旅」を通じて、現代人が失いつつある感覚を取り戻すきっかけになると考えています。

杉山さん「情報化社会ではスマホで簡単に情報を得られるが、歩く旅はその逆を行くもの。歩く旅は人間の本来の姿に戻る旅になるのではないかなと思う。」

現代人が取り入れる1日の情報量は江戸時代の1年分とも言われます。自然の音、風の匂い、そして目の前に広がる風景を五感で感じることで、現代人が失いつつある感覚を取り戻すことにつながるとすれば、信飛トレイルは、現代人が求める感性を育む場としての魅力も備えています。

子どもたちの未来と信飛トレイル

信飛トレイルは、様々な年代の人に楽しんでもらえるトレイルでありたいと内山さんと杉山さんは語ります。特に、「地域の子どもたちが信飛トレイルを通じて自然に触れ、地元の魅力を体感する機会を持ってほしい」と願っています。

内山さん「地元の子どもたちがトレイルで自然体験をすることで、将来どこにいてもふるさとへの愛着を持ち続けてほしい。将来的には教育機関との連携を視野に入れた自然体験プログラムの導入を計画したい。」

△10月に実施した子ども向けモニターツアーの様子 (写真提供:準備委員会)

杉山さん「海外で暮らした経験を通じて、日本の豊かさを改めて感じた。この地域の山や自然や生活は、子どもたちのアイデンティティを育む源。巣立つ前に信飛トレイルを歩く経験を『通過儀礼』として根付かせられるといいなと思っている。」

二人がこう語るように、地域の未来を担う子どもたちへのまなざしを向けながら、信飛トレイルの歩みが進んでいきます。

つながりを大切に歩む信飛トレイルの未来

これからますます信飛トレイル事業を推進していくため、高山側と松本側でそれぞれ一人ずつ地域おこし協力隊員が赴任することになりました。高山では地域を活性化する団体として「しもまちユニオン」が発足。拠点となる複合施設「おんど」が10月にオープンし、各種ツアーのデスクを置き、信飛トレイルの情報発信を行っていくなど、盛り上がりを見せています。

△役職や立場を超えた関係者間のつながりの糸もトレイルが紡いでいる(写真提供:準備委員会)

開通に向けて準備が進む信飛トレイルは、地域に根ざし、「人や自然とのリアルなつながり」を大切に準備が進められています。内山さんは「人や自然との対面でのつながりが、このプロジェクトを進める上で重要な要素」と強調し、杉山さんも「私たちも実際に歩き、守り育てる意識を持って信飛トレイルに向き合いたい」と意欲を見せています。

地域に愛され、訪れる人が五感を通じて豊かさを体感する信飛トレイルは、地域文化の育成と再発見に大きく貢献すると同時に、インバウンド需要に応える新たな観光資源となります。来春にはモニターツアーが予定され、いよいよ信飛トレイルの第一歩が踏み出されようとしています。この新しいトレイルが、松本と高山を結び、地域の未来を切り拓く場となることが期待されます。

◆信飛トレイルHP
https://shinpitrail.com/

◆松本高山BigBridge構想実現Project
https://chubusangaku.jp/bigbridge_project/

◆Kita Alps Traverse Route
https://kitaalps-traverseroute.jp/


取材日:2024年10月24日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子

“取組みインタビュー#31” への1件のコメント

  1. […] ※信飛トレイルについてのインタビュー記事はこちらhttps://community.alps-sangakukyo.jp/2024/11/interview31/ […]

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