取組インタビュー#28

21分

松本市 アルプス山岳郷「地域おこし協力隊 小川さん」

~ 豊かさを実感できる地域のモデルとなることを目指して ~

2023年7月から、松本市アルプス山岳郷で地域おこし協力隊の一人となった小川結さんは、会社員として都内のシンクタンクに勤めながら、協力隊の任務に就いています。現在、乗鞍高原内に住み、主に乗鞍高原ミライズの事務局業とゼロラボ(乗鞍ゼロカーボンラボラトリー)のマネージメントを担当し、日々地域のために奔走中です。海外経験が豊富で、環境省をサポートする立場でCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の国際交渉に参加したこともある結さん。そんなグローバルな経験をもつ彼女が、なぜ今このアルプス山岳郷の乗鞍高原で地域のために尽力しているのか、話をお聞きしました。

ワーケーションで地域を知る

結さんが乗鞍高原に初めて訪れたのは2021年の夏でした。当時東京でシェアハウスに住んで会社勤めをしていたところ、コロナ禍で勤務形態がフルリモートに。そこで、もともと自然好きだった結さんは、一緒にシェアハウスに住んでいた山好きの友人と、夏の間に長期で滞在しながらリモートワークのできる場所を探し始めました。いくつかの条件の下、場所の候補を絞っていくなかで乗鞍高原への滞在を決めたといいます。

結さん「初めて来た時には乗鞍のことをほぼ知らず、とりあえず涼しそうな山の中の温泉があるところへ行ってみようという感じでした。でも実際に来てみたら、想像を超える良さでした。意気込まなくても、気づいたら自然の中にいるという感覚が良くて。」

結さんは滞在中、乗鞍高原内をあちこち散策するほか、乗鞍岳や上高地へ出かけ、宿に戻っては仕事をしたり温泉を楽しみ、目いっぱい滞在を満喫しました。

▲乗鞍岳にて(写真:結さん提供)

結さん「都内で生活している時と比べて、毎日の充実度がまるで違いました。自然はもちろんですが、ここは丁寧な暮らしをして思いをこめて作ったものを提供しているお店が多い。それがすごく心地いい。」

3週間に渡る夏の滞在で、すっかりこの地域に魅了された結さんは、宿のスタッフの勧めもあり、その後、秋の紅葉の時期と冬にも長期滞在をしました。

結さん「通っていくうちに、この地域がゼロカーボンパークであり、脱炭素先行地域であることを知りました。小水力発電の事業説明会など地域の集まりにも参加していくうちに、今まで私自身、国の政策レベルで環境対策の動きを見ていたのが、現場に落ちて政策を地域で実行していくレベルになると、どうなるんだろうということに興味がわくようになりました。」

▲乗鞍高原 一の瀬にて(写真:結さん提供)

それまで結さんが関わってきた国の環境政策では、データやロジックを重視するのが常でしたが、現場レベルとなると、感情や思いや価値観などが人の意見を形作っているということを肌で感じ、新しい視点を得たといいます。

結さん「一つの方向性に向きやすい会社とは違って、地域は利害関係もあり、それぞれ立場が異なるので難しい面があることを実感しました。一方でそこには人の思いがあるから何か動いていく時の感動がすごい!人の気持ちが一緒になって、『みんなでやっていこう!』という雰囲気や、何かが動いていくときの感覚が私は好きです。そういう感覚をここで得て、二拠点を始めてみようかなと思い始め、2022年の5月頃に乗鞍に移り住んで、月1回東京に帰るというスタイルになりました。」

残す暮らしとつくりたい暮らしとは?ゼロラボの取組み

そんな結さんが、協力隊になる以前から関わっている取組みが「乗鞍高原ゼロカーボンラボラトリー(通称:ゼロラボ)」です。2022年から始まったこの取組みは、乗鞍高原が日本で初のゼロカーボンパークに登録され、また脱炭素先行地域として選定されたことに加え、地域ビジョンである「乗鞍高原ミライズ」を協議会として推進していく流れから、乗鞍高原のゼロカーボン普及啓発活動として生まれました。結さんは立ち上げの際に発起人の誘いで事務局に加わりました。

結さん「企画段階からゼロラボをどんな風にしていくか考えるのはワクワクしました。乗鞍の抱えている課題を地域内の人と地域外の人が学びながら考えて動くという、システム程かちっとしていないコミュニティが作れたら、地域が持続的にあるために必要なものになるのでは?と思っています。」

▲ゼロラボの第1期生と

ゼロラボは、「残す暮らしとつくりたい暮らしを、実験して、実践する。」をコンセプトにコミュニティをつくって地域で動いていこうと地域内外に広く参加者を募って活動しています。初年度の2022年度は、1期生向けにゼロカーボンにまつわる専門家を招き、講座・ワークショップ形式でインプット中心に行われました。その後、1期生から6つのプロジェクト(広報・関係人口創出/畑・食の伝承/馬・ヤギ/住まい・場づくり/白樺など間伐材利用・トレイル整備/コンポスト・バイオガス)が生まれ、2023年度は、1期生が各プロジェクトを推進するプロジェクト形式と、2期生向けの講座・ワークショップ形式でのハイブリッドで進められました。

結さん「例えば、ミライズと一緒にやっているフィールド整備は特に活発です。乗鞍のトレイルにQRコードをつけてマップが分かるようにしたのですが、ミライズのフィールド整備分科会と一緒に進めているので、動きが早く理想的な形かなと思います。ミライズという地域の人がやっている取組みに、いかに外部の人たちのアイデアやリソースを取り込みながら進めていくか。地元の人たちだけでもできない、外部の人たちだけでもできないことを一緒にやっていく。つなぎ役としての一つのゼロラボの在り方かなと思います。」

▲ゼロラボの第2期生と

地域と一緒に学びながら実践していく「コミュニティ」という仕組みがあれば、うまくいかないことがあったとしても、なんとか前に進んでいけるし、地域を形作る一つの土台になりうると、その可能性に目を輝かせる結さん。3期目となる来年度のゼロラボは、更に参加者主体でプロジェクトを進め、事業化をサポートしていく方針です。

地域で働くこと・暮らすこと

地域との関わりが増していくなか、結さんは昨年7月に地域おこし協力隊となりました。ますます地域との関わりを深め、ゼロラボの運営に加えて乗鞍高原ミライズの事務局業務も任されています。改めて今、この地域で働くこと、暮らすことにどんな思いをもち、何を見据えているのでしょうか。

結さん「地域の人が色んな思いを持って地域をよくしていこうという、『意思がある地域』で、自分ができることって何だろうと思いながら動くのが楽しい。また、ここに来てから、『生きてる』というのをより強く感じます。圧倒的な大自然の中に身を置くことで、ものすごく実感するようになったのが、私が生きていくのに本当に必要なものについて。あたたかく暮らせて、食べものと人とのつながりがあれば、生きていけそうだなと分かりました。そのシンプルなことが分かった分、そういうものを大事にしながらいかに暮らしていくかを考えるのが楽しい。もしかすると、それが環境にも人にも優しい暮らしにつながり、ゼロカーボンを目指す暮らしにつながるのかなと今、思います。」

いかに昔からある大事なものを守りながら、新しいテクノロジーや考え方を取り入れながら、ゼロカーボンを達成するのに必要な暮らし方にシフトしていくのか。「残したい暮らしと作りたい暮らし。」をゼロラボのプロジェクトベースだけでなく、ご自身の暮らしでも楽しみながら実践したいのだと結さんは語ってくれました。そんな結さんがこの先に目指していることとは……?

結さん「『サスティナビリティプロデューサー』という肩書を頂いていますが、私としては、『サスティナブル・持続可能』よりももっとポジティブなところを目指したい。ピンとくるのはみんなが『豊か』であること。経済的な豊かさ、自然資本を守っていくことでの豊かさ、そして人々の心の豊かさ。最近思うのは、結局は政策を作るのも人だし、地域を動かすのも人。色んな会議などに参加してみて、人と人との対話を促進することで、良くなっていくことが結構あるのではと。そういう意味で、場づくり・ファシリテーションを通して人と人とのコミュニケーションを促進することにも興味があります。コミュニケーションも含めて、この地域の人がより豊かな暮らしをしていくことが、環境を守ることにつながり、この地域がモデル的な地域になっていく……その何かしらのお手伝いができたらなと。そして結果的に他の日本の地域にも、そして世界へも『豊かさ』が波及していくことに寄与できれば嬉しいです。」

広い世界を見て、様々な視座に立つことで得るインプットを「地域」という現場、「暮らし」という現場、また人との「コミュニケーション」の現場にどんな風に生かして「豊かさ」を実感できる社会の実現に向けてアウトプットできるだろうかとわくわくしている様子の結さん。そんな結さんの周りには、新しい季節を運んでくる風のような動きを感じます。何かに固執したり、可能性に制限をつけることなく、自身を日々更新しつつフラットな心でまた、足元の地域を見つめ、身の周りの人と関わって、心地よい風と共に歩を進めてみたくなりました。

乗鞍高原ゼロカーボンラボラトリー
https://zerolabo.info/about

取材日:2024年3月12日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子