取組インタビュー #18

19分

奈川「製材所のパン屋」

~大切な場所を 地域と共に変化しながら次につなぎたい~

林業が盛んだった奈川。その奈川でかつて製材所だった場所に、姉妹で営むパン屋があります。奈川の向井さん姉妹は、製材所時代の思い出のつまった実家を改装し、亡き父が営んでいた製材所の木材を利用して石窯でパンを焼いています。お二人が昨年オープンした「製材所のパン屋」を訪れ、話をお聞きしました。

地域の製材所として歩んだ軌跡

「この製材所は、地域と共に生きてきたのだろうね。」

そう語ってくれたのは、代表の向井亜紀子さん。製材所時代の賑やかだった頃の雰囲気や、亡き父・清さんのことを懐かしみながら話してくれました。

△製材所のパン屋 代表の向井亜紀子さん(写真右)と妹の圭子さん(写真左)

亜紀子さん「10人兄弟の長男だった父は、若いうちから木の仕事を始めました。それが向井製材。製材所って、昔は田舎の山の暮らしにはどこにでもあった。山で木を伐り、その木を山から運んで、曳いて(製材して)、地元の人が使う……奈川の山の暮らしにも、小さいなりの循環を生んでいたと思うの。」

△製材所時代の名残を感じる木材の跡。

圭子さん「私たちが小学生の頃は、20人くらいの人がここの製材所で働いていたかな。学校から帰ってくると、木のくずで遊んだり、勤めていたおばちゃんに木で人形を作ってもらって遊んでいました。父は仕事ばっかりの厳しい人だったけれど、雪の降るクリスマスの日にツリー用の木を伐って持って帰ってくれたのが嬉しくて、よく覚えています。この場所は、色んな思い出のつまった場所。」

妹の圭子さんも、そんな風に製材所時代の思い出を語ってくれました。

一時期は栄えて大きくなった向井製材でしたが、次第に安価な外国産の木材が流入するようになると風向きが変わり、経済の流れの中で、製材事業を縮小せざるを得なくなりました。代わりに建設業のほか、短大卒業後に宅建の資格を取った亜紀子さんが家業に加わったことで、不動産業へと舵を切っていくことになったのだそうです。

製材所のけじめのつけ方

2013年に父の清さんが亡くなり、2017年には製材所を閉めることを決めた亜紀子さん。製材所には使われていない木材がたくさん残っていました。片付けなくてはという思いと、このまま朽ちていくのだろうかという寂しい思い、でもなんとか納得してけじめをつけ、片付けたいと考えていたところ、2020年の夏にふと亜紀子さんは思いついたそうです。

亜紀子さん「そっか。ここに残った木材を燃料にしてパンを焼けばいいんだと。木を燃料にして食べ物の命を生むこのパン屋の仕事をして、変化しながら生きていけばいいんだって思いついたの。こういう形であれば、父も納得してくれるかなと。」

△石窯は亜紀子さんと息子さんが、このスペースに合うよう手作りした

パン屋を始めるという発想は、突然降りてきたようで、でも自然な流れだったとお二人は声を揃えます。地域には商店もなく、食べ物がすぐ手に入れられる場所がないことも気にかかっていた亜紀子さんは、コロナ禍でより、その大切さを実感したそうです。

亜紀子さん「すぐそばにある食べ物って大事だなと思って。訪れたみんなにとって、嬉しい場所になりたい。だからできるだけ楽しい場所・わくわくする場所にしたいなとも思っているの。」

△お店の奥では、二人の楽しげな話し声が聞こえる

その思いから、開店当初から陳列するパンの種類も次第に増え、今では30種ほどのパンが並びます。商品開発は調理師免許を持ち、東京などのパン屋で働いていた経験もある圭子さんの担当。そんな圭子さんは、パン屋の大変さを痛いほど知っている人からこそ、お店を始めることに最初は及び腰だったそうです。

圭子さん「こんな山の中で無理でしょうと初めは思った。でも、決めたと思ったら姉は釜を作り始めているし(笑)、話がどんどん進んでいくうちに、体が自然と動き出しました。地域の子ども達にも、嬉しいおやつとして、何かご褒美的なものとしてここのパンを食べてもらえたら嬉しい。」

△店内には、この店で焼かれるパンの絵や姉の版画作品なども飾られている。

実はパン屋になることが小さい頃からの夢だったという圭子さんは、ペンションで自家製パンを焼いて宿泊客に出したり、店舗を持たずにパンを売っていた時期もあり、パンとはずっと縁があったのだとか。小さい頃の思いが、姉の着想をきっかけに、みるみる形になっていったそうです。

圭子さん「どこそこのお店のように……というのではなく、ここを自分たちなりのお店にすればいいんだと思って。毎日食べたくなる、自分達も食べたい美味しいパンを焼けたらと。」

△天然酵母などこだわりの材料を使った自慢のパンが並ぶ店内。ふんわりした食感を大切にしているそう。

パン屋を始めたからこそ見えてきた人とのつながり

そんな向井さん姉妹のお店には、開店以来、いろんな方が訪れるそうです。この場所でお店を始めたからこその出会いがたくさんあると語るお二人。最近は新聞やテレビに取り上げられることも増え、それを見た古くの知り合いが、お店へ訪れてくれることもあると言います。

△会話を挟みながら接客する亜紀子さんと圭子さん

亜紀子さん「製材所時代につながりのあった方が、ふっとお店に顔を出してくれることもある。パン屋を始めなければ、もう会うこともなかっただろう人ともまたつながれた。それが嬉しい。」

パン屋を通して再び彩り豊かになる人とのつながりは、地域の中にあっても感じられるそう。普段なかなか会わない地域の方たちとも、直接会って色んな話をする機会ができ、その関係性に変化を感じているそうです。

亜紀子さん「このお店があることで、地域の人と顔を合わせてお互いの様子を知り合うことができる。大事なコミュニケーションの場所になっているんだろうね。それってお店を始めてみて気づいたこと。」

△「あのパン、美味しかったわ」「最近どんな感じ?」何気ない会話で笑顔がこぼれる

圭子さん「父が一生懸命働いて築いた活気のある製材所が、形を変えてまた人が集まる活気のある場所になれたら嬉しいし、この場所がいつまでも続いてくれたらなと思っている。」

製材所のパン屋としてあり続けること

父・清さんが紡いできた木とのつながりは、姉妹が美味しいパンを焼いて、食べ物の命をつくることを通して、様々な人とのつながりを再び手繰り寄せているようです。そんなお二人は、ご自身たちのこれからのテーマについても思いを馳せていました。

亜紀子さん「つないでいくっていうテーマがあるのかなと思っている。田舎って仕事はあるの?食べていけるの?という問題がある。私たちがパン屋と色んな仕事を掛け持ちしながら、一つの生き方のモデルを作れたらいいのかもしれないと思って。私たちの後に、違うアイディアを持った誰かにこの場所をつないでいくことが、私たちの仕事かなと。」

△屋根に掲げられた味わいのあるお店の看板は二人の姉がデザインした。

お店の電力を太陽光発電で賄っているのも、ゼロカーボンを意識したライフスタイルが求められるこれからの時代、CO2を出さないために何かプラスのことができればという思いからだそう。電気を自前で作ることができれば、将来この場所でパン屋をやる誰かのためにもなるはずだからと。

製材所のパン屋が開店して1年。最後に、改めて今の思いを聞いてみました。

亜紀子さん「お店を始めてみて、人が留まり何かが生まれる場所ができたという実感を得られた。1年経ってみて、地域にとって大事な場所になろうという目標を改めて確認したところ。製材所のパン屋という場所として、これからもあり続けるってことかな。他にも同じようにこの地域で小さくてもいいけど何か……例えばゆったりできるカフェなどを始めてくれる人が出てくるといいな。でもそれって、もしかして私かな……(笑)」

父・清さんの残した思い出いっぱいの製材所という場所が、姉妹の手でパン屋という新たな命を吹き込まれ、ワクワクする場所になっていく……。それだけでなく、姉妹の作るこの場所が人のつながりを生み、山暮らしの可能性を明るく照らしてくれているように感じられます。自分達の大切な場所を未来につないでいきたいという思いは、軽やかで陽気で、おふたりの焼くパンのように、身近な人の心にふんわりと広がっていくようです。

◇製材所のパン屋

長野県松本市奈川3904-1

金土日、朝9時半~夕方6時まで(又は商品が無くなり次第終了)

https://seizaipanya.wordpress.com/
https://www.instagram.com/seizaisyono/


聞き手・文・写真:楓 紋子

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