取組インタビュー #17

21分

乗鞍高原「コリビングハウス&スペース 乗鞍すもも荘」 

~二拠点で育む 創造的な暮らし~

水芭蕉群生地のある乗鞍高原 宮ノ原地区で、かつてペンションとして営まれていた「四季のうた」は、洋館風のノスタルジックな建物が特徴的。10年ほど空き家となっていたこの場所が、約2年にわたる改装を経て、「コリビングハウス&スペース 乗鞍すもも荘」として再始動しています。コリビングハウス&スペースって?そこは誰のためのどんな場所なのでしょうか?

乗鞍に 帰れる場所を

「最初は、『乗鞍に帰る場所を作りたい』『みんなでシェアできる別荘があったら』そんな思いからプロジェクトが始まりました。」

すもも荘について語ってくれたのは、現オーナー・大須田淑恵さん(以下 淑恵さん)。

△コリビングハウス&スペース 乗鞍すもも荘 オーナー 大須田淑恵さん。すもも荘の庭にて

淑恵さんはペンションを営むご両親のもと、中学を卒業するまで乗鞍高原で育ちました。現在は、すもも荘の運営と、個人事業で事務の仕事もしながら、二人のお子さん・ご主人と共に東京で暮らしています。そんな淑恵さんは、東京で母となり二人のお子さんを子育てする中で、都会での子育て環境に窮屈さを感じるようになったそうです。

淑恵さん「私の子ども時代は、学校帰りに道草したり、木登りしたり、川遊びしたり、冬はスキー三昧……そういう自由気ままな時間を乗鞍でたっぷりと過ごしていました。その体験から、東京で暮らす子ども達が、もっと伸び伸びと過ごせたらなと思わずにはいられなくなりました。」

△すもも荘の庭は木登りのできる木や、建物の裏から小川へと探検もでき子ども達に絶好の遊び場。(すもも荘facebookページより)

そんな中、ご自身の暮らす東京の千石で様々な出会いがあり、4年前に開催されたアートマルシェに参加したことから、すもも荘のプロジェクトが動き始めたそうです。

△2018年のマルシェ出展時の様子。左が淑恵さん、右が淑恵さんの姉の智恵さん。

「自分のやりたいことって何だろう?と思った時に、『乗鞍へ帰りたい。みんなが帰れる家になるような場所を作りたい。』ということが思い浮かびました。私自身には特別なアートの才能があるわけではないけれど、空き家になっている乗鞍の家をクリエイトすることがアートなのでは?と思い立ち、姉と参加してみることに。そこで『みんなのシェア別荘@乗鞍』というプロジェクトとして出展したのです。」

乗鞍で感じる 自由になれる心地よさ

アートマルシェへの出展をきっかけに、このプロジェクトや2拠点居住に興味を持った数組の人を乗鞍高原へ連れて、実際に現地や高原内を案内するツアーを開催。地元の人や、リノベーションを手掛ける人とも繋がっていく中で、次第に共感の輪が広がっていったそうです。

△2018年に行ったツアー時の写真(淑恵さんより)

淑恵さん「興味を持ってくれているメンバーも含めて月一回ペースでミーティングを重ねつつ、せめて日中だけでも滞在ができるよう、3年程前からできる限り東京から通い、館内の掃除を少しずつ進めました。これがなかなか大変で……。」

乗鞍に住居を構えているわけではない淑恵さんが、度々乗鞍へ通って作業を進めるのは、ご家族の協力や支えがあったとは言え、決して簡単なことではありませんでした。それでも、乗鞍へ足を運ぶ度に気づくことがあったと、当時を思い出しながら話してくれました。

△子ども時代は近所を探検するのが好きだったという淑恵さん。相当なおてんば娘だったそうです。

淑恵さん「東京での私は、知らず知らずのうちに仮面を被っている感覚がありました。乗鞍へ来て、この自然に囲まれるだけで、自然と仮面を外せて自由になれるような、心地のいい感覚が戻ってくる気がするんです。」

淑恵さんが子ども時代に感じていたのは、自然に囲まれて自由気ままに過ごしながらも、近所の人や恩師など、地域でゆるやかに見守られている、そこはかとない安心感なのだとか。その安心感と自然体でいられる心地良さの感覚が、乗鞍へ帰ってくる度に蘇るのかもしれません。

プロジェクトが動き出し、強くなるつながり

プロジェクトが大きく動き出したのは、2020年4月ごろ。すもも荘のプロジェクトに共感し、自身もこのスペースを使って自然保育をしてみたいと、まだ設備の整っていない状態から住み始めた、ある一人の存在が大きかったと淑恵さんは言います。

淑恵さん「『のりくら自然保育 木のこ』を主宰する蕗子先生(相馬蕗子さん)が、この家に住みながら、館内の片付けなどをコツコツと進めてくれました。ただ、本格的に自然保育の提供を開始するタイミングでコロナ禍となり、私自身も東京からなかなか乗鞍へ足を運べなくなるという状況に。歯がゆい思いもしましたが、今思えば、足を運べなくなったからこそ、すもも荘や木のこに興味を持ってくださる地元の様々な人が、片付けや草刈りなどの環境整備に率先して協力してくださることに。こんな協力関係を築けたのは、もしかするとコロナのおかげと言ってもいいかもしれません。」

△館内の壁を塗る のりくら自然保育 木のこの相馬蕗子さん(すもも荘facebookページより)

もうひとつ、コロナ禍で築くことができたというのが、プロジェクトを進めるメンバー間の関係性だそう。この2年の間、思うように動けない分、オンラインを通じてメンバー間でよく話し合いました。すもも荘は何を目的にして・どんな人に来てもらいたいのか?をじっくりと言語化していく過程で、お互いの想いを知り合い、認め合い、心からリスペクトし合うようになれたと淑恵さんは言います。

淑恵さん「すもも荘のキーワードとして見えてきたのが、『余白のある暮らし』です。余白って、自由に創造性を発揮できるスペース。一人一人のやってみたいことに挑戦できるクリエイティブな住処『アーティスト・イン・レジデンス』を目指したいなと。そして、一人一人が心地のいい暮らし方を調整できる、そんな場所になれたらとも思うのです。」

短期~長期ですもも荘に滞在するなかで、一人一人にとっての暮らしの余白をここで楽しみ、色んな創造性が入り混じる、そんな場所になるのが理想だと語る淑恵さん。一人一人が、暮らしを自由にクリエイトするアーティストなのだという考えが、根幹にはあるようです。

淑恵さんのその言葉から思い起こされるのが、ご自身の子ども時代の乗鞍での過ごし方。自由気ままに乗鞍で遊びを見つけたり、中学生まで熱を入れて取り組んだというクロスカントリースキーで、真っ白な雪原を自在に進んで行く淑恵さんの姿が、「クリエイティブ」「余白」「自由」という、すもも荘での暮らしで大事にしたいキーワードと重なるように感じます。そんな淑恵さんがすもも荘でもう一つ大事にしたいことがあるそうです。

淑恵さん「かつて私が両親の働く背中を見て育ったように、自分の子ども達にも、私の働き方や暮らし方を模索する姿を見せたいという思いもありますし、ここに混ざり合う色んな人に触れてほしい思いがあります。でも一番は、可能性をたくさん秘めた自然体の子ども達から、かつて子どもだった大人達がここで学ぶことを大切にしたいなと思っています。」

△すもも荘の庭で薪割りイベントをした時の様子(すもも荘facebookページより)

こうして「子どもの存在」を大事にしたいという淑恵さんの思いを乗せ、様々な協力者と共にリノベーションが進んでいくすもも荘には、昨年のトライアル期間に入居希望者が現れ、これまで数組の親子が短期移住を叶える拠点となっています。今、すもも荘にはどんな人がどんな想いで暮らしているのでしょう。お一人の方に話をお聞きしました。

もうひとつの新しい暮らしを創る人

この春から二人のお子さんとの短期移住をしているKさんは、すもも荘のプロジェクトメンバーの一人。東京で淑恵さんと出会い、このプロジェクトを初期の頃から見続けてきました。

Kさん「ここで暮らし始めてとにかく嬉しいのは、子どもたちが日々とても楽しそうなこと。私自身の変化はアウトプットの仕方が変わったことかな。例えば日々、近所で出会う何気ない自然の姿にワクワクします。思考を脇に置いて、感じたことを感じたままに表現することが日常的になりました。周りからよく心配されるのですが、不便さはあまり感じていません。ないもの・ほしいものは、自分達で工夫して創ればいい。3人とも自然になじむ感じでここでの暮らしを楽しんでいます。この暮らしは都会では手に入らない、貴重なものですね。」

△Kさんの視点で乗鞍暮らしを発信するinstagramの写真。日々のワクワクが伝わってくる。

更に、すもも荘では館内の一角に古本屋「六月堂」をオープン。店主が寄付を募って集めた世界観のある古本や、こだわりの雑貨も並んでいます。古本屋開店時には、セルフサービスのカフェもできるそう。地域にとって新しい交流の場が誕生しました。

△玄関を入ってすぐのスペースにオープンした古本屋「六月堂」

トライアル期間を経て、2022年7月から移住者の募集が始まっている乗鞍すもも荘。

自分らしく新しい暮らしを創造する場でありたい

今ある暮らしの延長線上にない、乗鞍と共に歩む、もうひとつの新しい暮らしを。淑恵さんの投げかけた思いが、プロジェクトメンバーの心をひきつけ、乗鞍の暮らしを体験してみたいという人の心に届き、そして乗鞍に新しい風を運び始めています。

◇コリビングハウス&スペース 乗鞍すもも荘 HP

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◇日本一星空に近い古本屋 六月堂 Instagram

https://www.instagram.com/rokugatsu_book

写真:セツ・マカリスター

聞き手・文:楓 紋子

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