「地域の理想を形にし、自然との共生を意識するきっかけをつくる」
~世界水準のDestination(目的地)になることを目指して 中編~
今回は、中部山岳国立公園管理事務所へのインタビューシリーズ中編です。
前回は、森川所長から中部山岳国立公園エリア全体の概要や方向性について、また「世界水準のDestinationを目指す」というスケールの大きな話をしていただきました。
※前編の記事はこちら
今回の中編では、管轄内でもアルプス山岳郷エリアに該当する「上高地」「乗鞍・白骨」の2つのエリアについて、それぞれの地域を担当する国立公園管理官のお二人からエリアごとの課題や現状のお話を聞き、それぞれどういう方向性の途上にあるのか、個人的な思いも含めてお話をしていただきました。職員さん達、お一人お一人の話に耳を傾けてみると、どんなことが見えてくるでしょうか。
▲環境省 中部山岳国立公園管理事務所の皆さん(テイク2)
左から大嶋さん、原田さん、森川所長、渡邉さん、服部さん
上高地エリア オールNPSで自然との共生を意識するきっかけづくり
▲上高地を担当する国立公園管理官 大嶋達也さん。出身は地元松本市。前任地は屋久島だったそうです。
楓 上高地エリアについて、おおまかな範囲と現在の取組みについて教えて頂けますか?
大嶋さん 上高地エリアは、沢渡から上高地を含め、槍・穂高連峰の長野県側に広がるエリアです。管内の管理が主な取組みになりますね。国立公園をより楽しんでいただけるように、例えば景観と防災を調和するための取組みや、野生動物や外来種の対応、登山道や周辺整備に関すること、交通アクセス等上高地の適正利用などが担当業務です。
楓 なるほど。先ほど、森川所長から中部山岳国立公園が、「世界水準のDestinationを目指している」というお話があったのですが、そのなかでも上高地は今、どんな方向性に向かっているのでしょうか。
大嶋さん ここに上高地ビジョン2014というものがあります。
▲上高地ビジョン2014について説明をしてくださる大嶋さん
大嶋さん 50年、100年後どうありたいかという長期的な視点を持ちながら、2014年から10年間という中期的なスパンの中で、国立公園としてどういう枠組みで、どんな芯をもって進んでいくかを示したものです。ここに、10年間のなかで取り組む基本方針を定めました。その基本方針をもとに、重点的に取り組むプログラムを掲げ、目標の実現に向かって取り組んでいるところです。それぞれの方針とプログラムがこのページに一覧になっています。
▲上高地ビジョン2014の中にあるプログラムと、プログラムごとの関係団体が一覧になったページ。
楓 たくさんの取組みがありますね。そして、関係する団体もたくさん。取組みごとに調整したり、全体をマネジメントするのが大嶋さんのお仕事なのですね。そのマネジメント業務の中でも、大嶋さんが大切にされているのはどんなことでしょう?
大嶋さん そうですね。大切なのは、地域の事業者の方が、上高地としてどういうお客様に来てほしいかを明確にしたうえで、地域の事業者の皆さんや関係機関が一体となって、この国立公園を支えるスタッフ=オールNPS(National Park Staff)であるということをお互いに認識しながら取り組めることが理想です。
楓 オールNPS。連帯感を感じますね。その先には、どんな未来がありそうでしょうか。
▲国立公園が身の回りの自然環境を考えるきっかけになればと語る大嶋さん
大嶋さん 国立公園をより深く楽しんでもらうなかで、ここを訪れる方が「人と自然との共生」や、「持続可能な環境」について、意識するきっかけになったらいいなと思います。国立公園という特別な場所だけでなく、日々の生活の中にあっても、持続可能な社会へ向けて身の回りからアクションを起こしていくきっかけを作れたらと思います。
楓 大嶋さんのおっしゃるように、国立公園での体験をベースに、日々の暮らしに置き換えて、持続可能な社会へ向かって一人一人が取り組んでいけたら素敵ですね。ありがとうございました。
▲プライベートにて。壮大な穂高連峰を何とか一枚に収めようとしている様子。背景は焼岳。(写真・キャプション共に大嶋さん提供)
松本出身の大嶋さんは学生時代、南アルプスの絶滅危惧種を増やす研究や、津波に耐えうる林についてなど、「人と自然との関わり方」を大きなテーマの軸として研究をしてこられたそうです。そのテーマを胸に抱きつつ環境省へ入省し、現在は上高地エリアをフィールドに人と自然とが共生する姿を思い描きながら、日々の業務に取り組まれています。静かに語られる言葉の中にも、ずっと胸に抱き続けている熱い想いが垣間見えて、ほくほくとした気持ちになりました。大嶋さん、ありがとうございました。
続いて、乗鞍・白骨エリアを担当する服部さんにもお話を聞いてみました。
乗鞍・白骨エリア 想いをとりまとめ、地域の理想を形にしていく
▲乗鞍・白骨を担当する国立公園管理官 服部優樹さん。出身は大阪。現場の担当官としての着任はここがはじめて(2020年4月から)。
楓 服部さんは、2020年からこのエリアの担当になられたそうですね。まずはこのエリアの印象から伺ってもいいでしょうか。
服部さん 初めてこのエリアを訪れたのは、2018年。まだ学生時代でした。自転車で平湯から安房峠を越えて白骨を経由して乗鞍高原へ。その後エコーラインで乗鞍岳に上がり、スカイラインで下って平湯に降りるということをしました。でもその時は、白骨も乗鞍も一通過点という認識でしかありませんでした。また、私はアウトドア全般が好きなのですが、普段は比較的アグレッシブな登山をすることが多かったので、乗鞍岳もバスを使ってアクセスすることのできる簡単な山という印象で。それが、赴任してじっくりこのエリアを知るにつれ、例えば乗鞍高原であれば、高原からの登山道があり、滝や園路など見どころが豊富にあり、また地元には熱い想いをもっている方たちがたくさんいて、すごく魅力的なエリアだと認識しなおしました。
楓 乗鞍岳まわりを自転車でぐるりと走ったことがあるのですね。それはすごい。このエリアには熱い想いをもった人がたくさんいる印象をもたれたということですが、私も同じように感じます。暮らしている一人一人が大切にしている乗鞍への想いがあるというか。
服部さん はい。地域の理想をそれぞれに思い描いておられる。その皆さんの想いをとりまとめて、実際のアクションプランや現場での判断に落とし込んでいくのが私の仕事になります。
▲服部さんご自身も、国立公園に特別な思い入れをもっている。
楓 その取組みの中で、服部さんはどんなことを大切にしていらっしゃるのでしょうか。
服部さん 地域と向いている方向性を一致させておきたい。ビジョンを統一して、つながる軸をもっておきたいということです。日々、現場では様々な判断に迫られます。そんなときに、個々の課題に対する判断の軸を持っていることが大切だと考えています。その一つ一つの判断が、地域の理想へ向けたアクションにつながるようにと。
楓 なるほど。例えばそれは、上高地でいう「上高地ビジョン」のようなものでしょうか。今、どんな途上にあるのでしょう。
▲乗鞍高原での計画に関する資料。地元の方々と一つ一つ会議を重ね、今後の取組みのベースが見えてきた。
服部さん はい。今まさに、乗鞍高原のビジョンを明文化し、アクションプランへと落とし込めるように、地域の関係団体(大野川区、観光協会、アルプス山岳郷、休暇村、BlueResort乗鞍、アルピコ交通、長野県、松本市など)の方々と会議を重ねています。今、乗鞍高原では①地域づくり②フィールド整備③草原再生(景観整備)④トイレ整備という4つの分科会に分けて、議論を進めているところです。
現状はというと、全ての取組みのベースに、「観光」・「暮らし」・「環境」という3つの視点をもつこと。これを軸にしようということが全体の共通認識となりました。今後、この考えに沿って各分野ごとに具体的な方針やアクションプランを作成し、3月頃までに全体ビジョンを示すことを目指しています。
楓 長い間、このエリアは観光に重点をおいていたように思いますが、そこに「暮らし」と「環境」という視点が加わった具体的な方針が示されると、これまでと違う新しい乗鞍の未来が描いていけそうで楽しみですね。ありがとうございました。
▲乗鞍岳にて登山道整備のための資材を歩荷中。みんなで守る1人の1歩。
(写真・キャプション共に服部さん提供)
乗鞍・白骨地域のために、とても熱心に取り組まれている服部さんですが、その背景を聞いて納得しました。服部さんは、学生時代、1年間休学して国内外の国立公園をめぐる旅をしたそうです。北アルプスのほか、北海道、そしてニュージーランドやネパールにも。その中で、行政の枠組みや壁によって、地域が苦しそうな状況を目の当たりにし、地域の理想的な形に近づいていけるように新たな協働関係を築く大切さに気付かれたのだとか。また、海外では個人個人が国立公園との向き合い方や環境問題に対する主張があるのに対し、日本ではそれらが自分事になっていないということにも気づいたそうです。そんな中で、「日本の自然環境問題を自分事にするきっかけをつくりたい」と考え、国立公園が「考えるきっかけ」になればとのお話がありました。服部さん、ありがとうございました。
中部山岳国立公園
https://www.env.go.jp/park/chubu/
編集後記
地域の「人」が土壌にあり、協働関係を築きながら地域の理想を形にしていく。その一つ一つの取組みは、地域の理想を実現するためでもあり、訪れる人にとって快適な場所であるためでもあり、またすべての人にとって自分事として自然環境を考えるきっかけであるためにという、国立公園の新たな姿を模索する熱い志をもった管理官がここにおられました。お二人の話にすがすがしさを覚えるとともに、誰しもが国立公園スタッフになりうるという誇らしい気持ちにもなってきます。
次回は全3回シリーズの最終回。民間から採用されたお二人に、官民を横断する取組みや国立公園のブランディングに関する話をうかがいます。
(楓 紋子)
写真:セツ・マカリスター
※一部 中部山岳国立公園管理事務所提供
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