焼岳「登山道を守る人たちの思いに触れる」
~誰のため?何のため?登山道整備の舞台裏で見つけた山を楽しむエッセンス~
ここアルプス山岳郷エリアは、槍・穂高、焼岳、乗鞍岳と北アルプスの魅力的な山々が連なる日本でも有数の山岳地で、毎年多くの登山者が頂を目指し、雄大な景色を求めて訪れています。山好きの人にとっては恋焦がれる憧れの場所。ただ、登山者が一歩一歩踏みしめ、目的地へと向かうために続く足元の「登山道」について、どれだけの方が思いをはせたことがあるでしょうか。当たり前にそこにあるようで、なかなかその背景にまで思い至らないのが実情かもしれません。そんな登山道の裏側には、どんな工夫や思いがあるのでしょう?
今回、焼岳の登山道整備に関わった方々が主催した、登山道を歩きながら実際の整備にまつわる話をうかがえる学習会があるということで、参加してきました。
▲焼岳登山道整備学習会に参加した皆さんと(2020.11.14)
山岳ガイドが焼岳登山道整備に携わる理由
今年、焼岳の登山道は「認定特定非営利活動法人信州まつもと山岳ガイド協会やまたみ(以下やまたみ)」が環境省の補助事業として、整備活動を行いました。焼岳登山道は上高地から入るルートと中の湯温泉から入るルートがありますが、今回の整備事業では、この両ルートの一部と頂上付近の一部区間を施工したそうです。
やまたみは今年6月頃から事業をスタートし、夏に現地調査に入って整備プランを立て、実際の整備活動を10月初旬から11月中旬までの約1か月半の間に行いました。(これは通常の整備事業では考えられない過密スケジュールだそうです)
▲学習会講師の相川大地さん(中央)と火山の安全講習を務めた今井清さん(一番右)他、
焼岳登山道整備チームの皆さん
今回、焼岳登山道整備の現場を率いたのは、やまたみ所属ガイド 兼 山岳救助隊でもある相川大地さん。相川さんは、普段からMSK(Mountain Support Kashima)の一員として北アルプス山域一帯の登山道整備にあたる登山道整備のプロです。今回の焼岳登山道整備チームは、リーダー相川さんの下、やまたみ所属ガイドの方々で編成されました。一日に整備に入るのは5名ですが、総勢20名ほどのガイドの方々が整備に関わりました。相川さん以外のメンバーの中には整備初心者の方もいたそうです。整備初心者のガイド達が登山道整備を行うのには、理由がありました。
相川さん「今年は新型コロナウイルスの影響で、山岳ガイドの仕事が激減しました。そんなガイド従事者に仕事を振ることが、一つの理由。もう一つの理由は、日々山をガイドすることで山の恩恵を受けているガイドが、山のためにできることをと考えてのことです。実際に整備活動にあたることで、知見が広がり、普段のガイディングに活かすことができますし、山のためにできることを伝え広めていくきっかけになるのではと考えました。」
▲整備の必要箇所に張られたテープ。ルートを通して100か所以上の整備箇所があったそうです。
侵食が進む焼岳登山道の今
登山道は多くの場合、ルート上にある山小屋が維持管理を担っていますが、登山道への向き合い方は小屋によってそれぞれ異なるそうです。30~40年前、歩荷が荷揚げをしていた時代は、数十キロ~時には百キロ近い荷物を背負って山小屋までの道を上り下りするため、登山者のためだけでなく、自分たちのためにも道に手間をかけていました。しかし、最近はヘリでの荷揚げが主流になったことなどから、当時に比べると山小屋従事者の目が行き届かない箇所が増えてしまったのだとか。それに加えて、ルート上に山小屋がない場合など管轄があいまいな登山道は、荒廃が進んでしまいがちなのだそうです。
中の湯からの登山道は、中の湯温泉さんの管轄で、毎年草刈りなどの手入れをされているそうですが、道が痛むスピードに対し、直しが追い付いていないそうです。
学習会では、中の湯からの登山道を中腹まで登りながら、施工された整備箇所を見ていきました。
▲工事に使った非常に原始的な道具。一つ一つ重量があるが、みかん箱に積んで背負子で運んだそう。道具や資材の荷揚げだけでも重労働。
登山道は誰のため?何のため?
相川さんが登山道整備をする上で大切にしていることは、第一に「山に優しいこと」。登山者にとっての歩きやすさを第一に考えるわけでなく、いかに山に負担をかけないかをまず考えて施工するのだそうです。
▲登山道を歩きながら、整備箇所で相川さんから説明を受ける参加者
相川さん「一番大事なのは、水の道をどう作るかです。地形を見ながら、流れを予想して水の道をつくっておき、雨の際に登山道に流れこむ水を最小限にしたり、段差でも流れ落ちる衝撃を和らげるように施工して、侵食を食い止めます。」
▲小石をつなげて谷側に渡し、水の道を作った箇所。
▲段差に据え付けたステップ 「45」は斜度。ふもとで組み立ててから荷揚げし、設置される。重量は約20kg。
相川さん「大体50cm以上の段差には、ステップをかけています。中には、ステップをかけるまでもない段差でも、あえてステップをかけている箇所があります。もろい箇所にはステップの隙間に石を詰めることで侵食を防ぎ、上から崩れ落ちないように止めています。ひとつひとつ、現場に応じて、侵食を最小限に抑えるために魂をこめて施工しています。」
▲ステップ設置での工夫を説明する相川さん
もともとある材料を使い、なるべく山に負担をかけないように
また、整備に使用する素材選びにも、山への影響を考えた工夫がありました。例えば「近自然工法」はその一つ。もともとその場所にある石や倒木などを活かしてステップを作ったり、補強したりするものです。
▲石積みをする際は、その場に適した石を選ぶのも大事な仕事。相川さんは肝になる石を「イケメン」と呼んでいるそうです。
それから、杭をしばる針金は鉄素材であることも、素材選びのポイントの一つ。通常こうした針金は、付け替え等の際に回収しますが、回収が困難になってしまった場合、鉄であればいつかは地に還る素材だからだそうです。
相川さん「山にとってどうかをまず考えてはいますが、もちろん、登山者にとっての歩きやすさを全く考えていないわけではありません。山への影響を考えた上で、そこにプラスして登山者にとっての歩きやすさを考えるわけです。足を置く位置を予想して石を置いたり、崩れやすい山肌を直接触れないで済む、歩きやすいルートへ誘導したり。」
こうした施工のポイントは、山を知らない土木業者が請け負った場合、なかなか配慮できないようです。山を知り尽くした「山のプロフェッショナル」だからこそ、思いをこめてできること。改めて尊いお仕事で感謝の念がふつふつと湧いてきます。
しかし山のプロフェッショナルをもってしても、侵食スピードに整備が追い付かない箇所が多数あるのが実情だそう。
▲侵食が進みすぎてしまった登山道。これ以上進行しないようにするのがやっと。脇に新ルートをつくった。
相川さん「この箇所は、こんな風に侵食が進む前に食い止めたかったところです。ここまで侵食が進んでしまうと、もう元通りにはならない。」
最近は、ゲリラ豪雨など集中した大雨に見舞われることも多く、雨による登山道の侵食スピードが激しくなるばかりだそうで、整備関係者の頭を悩ませています。
登山者にもできる「知って歩く」登山道整備
では、登山道は荒れていくばかりなのか?整備は山のプロにしかできないことなのか? というと、そうではないと相川さんは言います。
歩き方によっても、侵食スピードを緩めることができるそうです。足音を立ててドタドタ歩いたり、トレランのように地面を蹴り上げながら山道を走ったりするのは、山を削っている行為なので、できるだけ影響が少なくなるよう、ソフトに歩くこと。また、登山道を少しはずれて山肌を直接踏むことも避けたいこと。それ以外にも、落ちている枝をはらったり、水の道を崩さないように歩いたり、ごみを拾ったり……これなら私にも!プロでなくても、できることはたくさんあります。
相川さん「登山道整備に正解はありません。大切なのは、整備に携わる人がどんな信念を持っているのかということ。それを知って歩くことや身近な人に広めることが、整備につながります。」
▲「山の整備は山への愛がある人に携わってほしい」と語る相川さん
山を歩けるということは、そこに道があるということ。そこに道があるということは、誰かが道を作り、それを維持しようと努めている人がいるということ。
魂を込めて整備している方々の思いに触れ、改めて登山の在り方を考えさせられるとともに、登山道の見方がガラっと変わる学習会でした。
相川さん「山は楽しむもの。登山道整備についても、山歩きの楽しみのエッセンスの一つとしてとらえていただけたらと思います。」
山の整備にあたる人達の愛にあふれる優しさの輪が、一人でも多くの方に広がっていくことを願うばかりです。
▲焼岳をバックに 山歩きを楽しむ大切なエッセンスを心に刻んだ参加者の皆さんと
編集後記
今回、下山時にはやまたみ所属ガイドで防災士の今井さんから「初冬季の安全登山」と「火山の安全登山」の講習がありました。焼岳は噴火警戒レベル1ではあるものの(2020年11月現在)、いつ噴火してもおかしくない山。(御嶽山の噴火時もレベルは1でした)穏やかそうに見えても、焼岳登山の際にはヘルメット装着が必須です。万が一に備え、できる限りの装備をし、兆候が表れた場合や、実際に噴火した場合のシュミレーションをするなどして登山に臨むことが大切ですが、その危機意識が一般の登山者に薄すぎることを今井さんが危惧していました。
学習会当日、数組の登山者と行き会いましたが、その誰一人としてヘルメットを被っておらず、持参すらしていないという現実。焼岳は大地のエネルギーを間近に感じられる魅力的な山。だからこそ、ただの山ではなく、火山であることを改めて意識して謙虚に向き合っていきたいものです。来シーズンの山歩きが確実に変わりそう。今からとてもとても楽しみです。
(楓 紋子)
◆信州まつもと山岳ガイド協会やまたみ
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