取組みインタビュー#34

14分

乗鞍高原「乗鞍の歴史を語る会」

~過去と未来をつなぐ語りの場~

乗鞍高原では、地域に伝わる歴史を次世代に伝えようとする取り組みが進められています。その代表的な活動が、2023年にスタートした「乗鞍の歴史を語る会」です。この会は有志の会として、地域の歴史に詳しい方々から話を聞き、地域文化を語り合うイベントとして企画されています。地域内外から多くの人々が参加し、地元の小中学生も学びの機会を得ています。

今回、第5回目のイベント「縄ないをしながら方言を話そう」を取材し、この会を企画運営する福島眞(まこと)さんと原聡美(さとみ)さんにお話を伺いました。


活動のきっかけ

なぜこんなに過酷な土地に人が住み続けているのだろう」。そんな疑問をもともと抱いていたのは、乗鞍高原出身のさとみさんです。

さとみさん「歴史を調べてみようと、まず安曇村誌を読んでみると、地域に伝わる独特の暦や神仏の祀り方など、私の実家でも日常のように祖父母が実践していることが載っていました。一つ一つに意味があり、中には消えそうな風習もあることを知り、もっと深く調べたいと思うようになりました。」

その過程で地域の歴史に詳しい人に話を聞きたいと思い、最終的に眞さんにたどり着いたそうです。

△地域の当たり前の習わしの中に面白さと不思議さを感じるというさとみさん(左)と講師の眞さん(右)

一方、眞さんは乗鞍高原で110年続く旅館「福島屋」を営んでいます。家には多くの歴史資料が残されており、10年程前には松本市の文化財を掘り起こす事業に大野川区の代表として携わった経験もあります。

眞さん「地域には貴重な文化財がたくさんある。でも、それを知らない人も多いんです。面白くなければ人は聞いてくれないので、楽しみながら学べる場ができればと思いました。」

△縄ないが日常にあった当時の文化を参加者に話す眞さん


語る会の活動内容

語る会では毎回異なるテーマを設定し、眞さんの軽快な語り口を通じて地域の文化や歴史を様々な切り口で学びます。これまでのテーマは以下の通りです:

  1. 地名の話
  2. 暮らしや遊びと薬草
  3. 方言と冬の暮らし
  4. 梓水神社について
  5. 縄ないをしながら方言を話す

△第4回の梓水神社について学ぶ会にて(写真:さとみさん提供)

第5回目のイベントでは、参加者が藁を撚りながら縄を編む作業に挑戦しました。眞さんは、昔の暮らしの知恵や背景となる地域文化を語りながら、参加者に実際の体験を通じてその価値を伝えました。

△始めはどう扱っていいか分からなかった参加者も、眞さんら地元の先輩方からの手ほどきを受けて上手に縄をなえるようになっていった

眞さん「昔はナイロン紐がなかったので、藁や木の皮を使って縄を作り、それを薪やワラビを縛るのに使っていました。自然素材をなんでも活用するのが当時の暮らしの知恵だったんです。」


資料づくりへのこだわり

会のもう一つの魅力は、さとみさんが作成する資料です。眞さんの話を補完する内容で、参加者が持ち帰りたくなるような工夫が凝らされています。

△情報満載で読み応えのあるさとみさん作成の資料。毎回資料を楽しみに参加する人も多い。(写真:さとみさん提供)

さとみさん「せっかく来てもらったからには、できるだけ多くのことを持ち帰ってもらいたい。詰め込みすぎず、くすっと笑える要素も盛り込みながら、見返して楽しめる資料を作っています。」

資料にとどまらず、今回のイベントでは、さとみさんが立案して制作した「方言かるた」が登場しました。若い世代や移住者にとっては新鮮で、地域の言葉を楽しく学ぶきっかけとなりました。

△さとみさん作成の、くすっと笑える「方言かるた」で会場は大盛り上がり

△かるたに描かれたイラストもさとみさん作

さとみさん「方言を今のうちに残しておかないと、この地域の言葉が消えてしまう。そうなってからでは遅いから。」


歴史と信仰の深い謎

原始に遡ると、乗鞍高原には4500–5000年前の縄文土器が出土しており、古くから人々が住んでいたことが分かっています。しかし、不思議なことに弥生時代から江戸時代にかけてのこの土地の資料はほとんど残されていません。

眞さん「この土地に人が住み続ける理由には、よっぽど大切な何かがあったのではないかと思う。」

△歴史の謎について真相はまだ分からないと語る眞さん

また、地域の歴史をたどると、山岳信仰との深い結びつきが浮かび上がってきます。乗鞍岳は古くから信仰の山として知られ、多くの人々に崇敬されてきました。

眞さん「こちら(長野)側から見ると、剣ヶ峰が一番尖って目立つ山だが、実は『奥の院』と言う。岐阜側から見て最初の山『大日岳』が一番大切な山。大日如来に由来し、山岳信仰の中心だったのではないか。」

今年3月の語る会では、飛騨側の山岳信仰についてさらに掘り下げる予定で、地域外から詳しい人を招く計画が進んでいます。


未来への展望

眞さんは、語る会を通じて地域の若い世代に歴史文化を伝え、将来的には資料館のような形で訪問者とも共有できる場ができたら面白いのではと考えています。

眞さん「まず自分が知っていることを地域の若い人に伝えることで、次世代につなげられればと思っています。」

△地域の若い人や子どもたちが真剣に縄ないを学ぶ姿に、未来への希望を感じた

一方、さとみさんは、準備段階での資料作りやインタビューを通して、自身の探求心と地域への愛情を深めています。

さとみさん「何を思い、何を守ってここに人が住み続けているのかを知りたい。当たり前に地域でやってきたことを記録に残していきたいんです。」

乗鞍の文化と歴史は、未解明の謎が多いからこそ興味をそそります。過去と未来をつなぐ「乗鞍の歴史を語る会」は、その壮大なテーマを探求し続ける場となっています。

次回は2025年1月14日に番外編として語る会が開かれます。当日は地域にとって「セイノカミ」の日。これは、全国的には「どんど焼き」、松本地方では「三九郎」と呼ばれる小正月の火祭りですが、この地域では厄まきが同時に行われるなど独自性のある風習となっています。14日は一般参加も受け付けているので、ご興味のある方は申し込みフォームへ。語る会の詳しい情報はinstagramをご覧ください。

◆1月14日 歴史を語る会【番外編】(大野川の暮らし魅力再発見!「たのしく知ろう大野川~実はよく知らないかも?セイノカミ~」)申込みフォーム
https://x.gd/vpxJT

◆乗鞍の歴史を語る会 instagram
https://www.instagram.com/norikura_history/


取材日:2024年11月21日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子