取組みインタビュー#33

13分

安曇「1095登山道整備隊」

~古道・徳本峠の魅力と整備活動~

安曇地区の島々集落から徳本峠を経て上高地へと続く「クラシックルート」は、地元の団体「古道 徳本峠道を守る人々」や「1095登山道整備隊」が登山道整備に尽力しています。今回インタビューに応じてくれたのは、「1095登山道整備隊」隊長の山口さん。島々集落にあるカフェ「アルパインカフェ満寿屋」を運営しながら、整備活動を通じて徳本峠の魅力を次世代へと伝えようとしています​。

※「古道 徳本峠道を守る人々」の記事はこちら

登山道整備活動のはじまりと意義

山口さんは、2022年にカフェをオープンして間もなく、徳本峠の入り口である島々谷の整備活動を始めました。「登山道の安全を確保することは、この地域に拠点を持つ者の責任」と考え、2023年に「1095登山道整備隊」を設立。活動の目的は、地域の道普請の責任を果たし、さらに観光客の増加に伴う集落の活性化にもつなげることです。整備活動の参加者は、山口さんの呼びかけに応じた一般の方が中心で、整備未経験者も多く参加しています。

△1095登山道整備隊の隊長 山口さん(アルパインカフェ満寿屋にて)

山口さん「整備隊の分母が増えていくと、やれること・やりたいことが見えてくる。土砂崩れがあったとして、一人ではどうすることもできないが、人数が集まればアイデアも出てくるし、できることが増えます。」

参加者とともに築く安全な登山道

参加者には、実際に現地で経験を積みながら整備方法を学んでもらうのが山口さんのスタイルです。急峻な地形を有する島々谷は倒木や土砂崩れのリスクも高く、慎重な作業が求められます。特に倒木の処理では、伐り方次第で大きな土砂崩れが起きる危険があるため、現場での適切な判断力が必要です。

△アルミステップを設置する様子(写真提供:1095登山道整備隊)

山口さん「倒木の処理方法ひとつで、安全性が大きく変わる。今、自分たちは整備という名の研修を行っている段階。少しずつ知識とスキルの底上げをしているところ。」

 こう語る山口さんは、経験を重ねた参加者と協力しながら安全な道作りを進めています​。

△整備の際に身に着けるポーチは機能的に作業できるように工夫を凝らしたオリジナルのもの。現場の状況を記録するための道具が機能的に収まっている。

△関係者間で情報共有しやすくするため、整備箇所の写真に位置情報や対応情報を盛り込みデータを整理している(写真提供:1095登山道整備隊)

特別な体験と地域への思い

整備活動は、徳本峠の特別な自然環境を肌で感じながら行うため、参加者にとっても貴重な経験です。山口さんは今年、環境省の許可を得て整備活動中のテント泊を可能にしました。

△隊員たちとの作業の様子(写真提供:1095登山道整備隊)

山口さん「島々谷でテント泊ができるというのは特別な体験。隊員たちは整備に関わることで島々谷に特別な思いが出てくる。」

整備活動を通じて、隊員たちは島々谷への愛着を深め、徳本峠を「自分たちが守っている道」と感じるようになります。山岳ロマンと自然の厳しさを体験できるこの整備活動は、参加者にとってお金では得られない価値ある体験となっています。

 △山口さん自前の道具とともに(写真提供:1095登山道整備隊)

山岳の歴史と未来へのビジョン

山口さんは、徳本峠や地域の歴史的背景にも深く精通しています。上條嘉門次播隆上人といった歴史的人物の話や、地域の地形、古い文献などから知識を積み重ね、カフェや整備活動を通じて訪れる人々に共有しています。彼にとって徳本峠はただの道ではなく、地域の物語を繋ぎ続けるための「重要な歴史遺産」なのです。

△カフェには山岳関係の書籍がずらりと並ぶ

さらに、山口さんは「信飛トレイル」や「Kita Alps Traverse Route」の広域観光ルートにおいても徳本峠の役割を強化し、道の魅力を広げていきたいと考えています。

山口さんビバークポイントの整備と、それに付随するトイレの整備は必要。アイデア段階ではあるが、ルート途上にあり現在は閉じている岩魚留小屋の復活に向けても模索中です。古い建物の雰囲気を生かしたままリノベーションして手を加え、ピーク時だけでも開店し、オフシーズンは避難小屋としての機能を持たせられたらと。やってみたいという人もいるので、プロジェクト化する際には建築的な立場から助言をしたり、行政と人をつなぐお手伝いで関われたらと考えている。」

 山口さんが目指す「好きなこと」で広がる地域づくり

 山口さんがこの活動を続ける原動力は「好きな場所で好きなことをしている」というシンプルな気持ちです。「ウエストンや播隆上人も、結局は『好きなこと』をしていたのだろう」と語る山口さんにとって、徳本峠を守ることや登山道の整備は、自分の生きがいそのもの。好きなことをしているからこそ仲間が集まり、地域を守る活動が自然と広がっていく。この山口さんの姿は、持続可能な地域づくりを進めていく一つの鍵を握っているような気がしてなりません。

 山口さんのもとには、徳本峠や北アルプスの山岳ロマンに魅了された多くの人々が集まってきています。山口さんの活動から見えてくるのは、地域活性化や観光振興にとどまらず、登山者たちに地域の豊かな歴史や自然との深い結びつきを感じさせ、次世代へと徳本峠の物語をつないでいく力となっていく、そんな未来のように思えました。

◆徳本登山道整備隊HP
https://yama.cloud/1095maintenance/

◆アルパインカフェ満寿屋
https://yama.cloud/alpinecafemasuya/

◆北アルプストラバースルート
https://kitaalps-traverseroute.jp/

◆信飛トレイル
https://shinpitrail.com/


取材日:2024年9月12日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子