取組みインタビュー#30

20分

奈川 「奈川獅子保存会」

~大人の真剣さが子どもの心に灯をともす リスペクトでつながる舞~

奈川の寄合渡(よりあいど)地区に伝わる奈川獅子は、毎年9月の第1土曜に、氏神である「天宮大明神」のお祭りで奉納され、100年以上もの間、地域の大人から子どもへと大事に継承されています。村を荒らす大獅子と獅子捕りの格闘を5つの場面を通して描く勇壮で激しい舞は、松本市の重要無形文化財に指定されています。

今回は、今年9月7日(土)の本祭での奉納に向けて練習に励む奈川獅子保存会の皆さんの元を訪れ、奈川獅子の魅力、地域に古くからあるものを繋げていくヒントやこれからに向けた兆しを見つけられたらと、担い手の育成やまとめ役を担う奥原貫さんを中心に話をお聞きしました。

富山から伝わった激しい舞

明治44年に富山県の南砺市から奈川に移り住んだ漆塗り職人の横井市蔵氏から伝わったという奈川獅子。その特異性について、奥原貫さんが教えてくれました。

貫さん「奈川のような激しい踊りをする獅子舞は他にはなく珍しいものだと思う。獅子だけでなく、獅子を倒す狩人もいる踊りなのが特徴。獅子と格闘し、5つの場面を通して獅子を倒すストーリーがある。」

△貫さんによると、伝来元の富山にはこの舞は残っていないのだそう

試しに獅子頭を持たせて頂くと、子ども用のものとは随分と違い、大人用のものはずしんとした重みがありました。

貫さん「1場面につき4~5分の踊りだが、この重さの頭を持って踊るので、踊りを終えるとフラフラになって倒れ込む人もいるくらい。それだけハードな踊り。大人の踊りは元々20代の人がやるものだったが、今は担い手がおらず、30代後半で踊っている人もいる。」

奈川獅子には、大人の獅子舞と子どもの獅子舞、そして獅子舞と同じ音楽・振り付けで「手踊り」というものがあります。手踊りのルーツは詳しくは分かってはいませんが、手踊りができなければ、被りの獅子舞ができないと言われており、登竜門的な位置づけもあるようです。

△手踊りでは扇子をもって獅子を表現する。

大人たちの真剣でかっこいい姿が子どもたちの心に灯をともす

子どもたちや若手の指導の中心にいる貫さんが獅子舞の担い手になったのは小学1年生の頃。大人たちの踊りに憧れて、高校に通う3年間以外はずっと踊り続けてきたといいます。

貫さん「これまで何で続けて来れたのか?それは、獅子舞が好きだから(笑)。子どもの頃から『かっこいい!』と憧れて、獅子舞が好きになった。その気持ちを今もそのまま、子どもに伝えている。」

貫さんが、子どもたちに伝える上で他に大切にしていることとは……?

貫さん「まず楽しんでもらうこと。踊るには体力もいるし、結構辛いところもあるので、嫌に思ってほしくない。だからこそ大人がまず全力でやっているところを見せて、その大人の姿から楽しんでもらうようにとやっています。」

貫さんが言うように、大人たちが倒れ込むほどに必死になって踊る姿は子どもたちの心に憧れの火を灯すようです。練習会場では、大人たちの踊りに熱い視線を送り、大人からの指導に素直に耳を傾け、真摯に練習に向き合う子どもたちの姿がありました。

△大人たちを見つめる子どもたちのまなざしには楽しみと真剣さと憧れとが入り混じる

山深い奈川に生活するからこそのイメージ力

そんな子どもたちに教えながら、自ら担い手にもなる貫さん自身は、どんな瞬間に胸が沸き立つのでしょうか。

貫さん「獅子の中に入って闘うとき。踊っているんじゃなく、闘っているところを自分でイメージする。決められた踊りを踊るんじゃなくて、かみついていく犬になりきる。子どもたちにも、そんなイメージをもってもらいたいなと思っている。今の子どもたちってイメージする機会が少ないじゃないですか。だからこそ、獅子舞ではイメージを働かせ、獣そのものになりきってほしい。」

△子どもたちへの指導に熱の入る貫さん

獅子をイメージすると言っても、近くに参考体験がなくてはなかなか難しいのかもしれません。貫さんは、獣になりきる踊りは、山深く、野生が身近にあるこの地域でやるからこそ意義があり、都会の子たちが簡単に真似できるものではないのではと考えています。

貫さん「獣が近くにいるからこそ、イメージができるんじゃないかなと。踊りの形を整えることも大事だけれど、イメージできるかどうかで見え方が変わってくる。要は踊りが生きているか、死んでいるか。生きた踊りをすると、迫力が全然違う。」

△大人の舞で獅子にとどめを刺す迫力のあるシーン 

生きた踊り。それを追い求めるからこそ真剣さが生まれ、その真剣さに直に触れることで、純粋な憧れが生まれるのかもしれません。

ここにいる大人、みんなすごい!

この日の練習には、奈川の小中学生や、梓川から通う高校生など10人程の子どもも集まり、練習に取り組んでいました。中学3年生の奥原諒祐(りょうすけ)さんも、大人たちに熱い視線を送る1人です。小学1年生から担い手になった諒祐さんは、どんな思いで獅子舞に取り組んでいるのでしょうか。

△一番好きな場面は、派手さのある4番の切り返しだという諒祐さん 

諒祐さん「獅子舞は大変な時もあるけど、地域のみんなでやるのはやっぱり楽しい!最初は1つの場面を踊るだけでも大変だったけれど、全部の踊りをできるようになれたのが嬉しいです。」

諒祐さんは、小学1年生から担い手になり、今では全ての場面の踊りをこなせるようになりました。獅子舞の中で一番好きな瞬間は、お囃子が始まるのを聞いて「これから始まるなー!」と思う時だそう。諒祐さんの言うように、楽器の音が鳴り始めると、場面の合間に少し緩んでいた空気が入れ替わり、その場がスウっと獅子舞の世界観に包みこまれます。

△獅子舞に欠かせないお囃子の演奏の様子

そんな始まりの瞬間が好きだと言う諒祐さんが、この先に目指す姿とは?

諒祐さん「誰が目標というよりも、ここにいる大人はみんな本当にすごい!プロだと思う。自分も大人たちのように、もっと上手になりたい。」

獅子舞に関わる地域の大人をリスペクトし、自分も上手くなりたいと思う素直さ。それは、練習会の空気感や子どもたちの眼差しを感じるにつけ、諒祐さんだけでなく、その場にいる全ての子が共通して持っているもののようでした。

△集中力を切らさず練習に精を出す諒祐さんら子どもたち

担い手不足のなかで見えてきた兆し

こうした子どもたちの、大人を尊敬する姿勢や素直さについて、奈川獅子保存会副会長の勝山崇史さんはこう話してくれました。

勝山さん「子どもたちは、獅子舞に興味があって、向上心もある。踊りきると達成感や充実感が生まれ、成功体験を積むことができる。それに大人にも負けてない!という自負のようなものも生まれます。だから、好きな子はいい意味でまじめに取組みますよね。」

勝山さん「それと、先輩たちがしてきた踊りを思い返して、『あの人のあの踊りはよかったよね。』と年配の人から子どもたちまで、この幅広い世代間で獅子舞は常にリスペクトでつながっているんだと思います。」

大人と子ども、大人と大人、子どもと子ども、それぞれがリスペクトでつながっている奈川獅子。舞そのものも魅力的ですが、その世代間の関係性もまた眩しいものがあります。

しかし近年は地域の人口減少に伴い、働き手が松本市の中心部に働きに出ている背景もあり、担い手不足に直面中。元は寄合渡地区の住民だけで行われていた奈川獅子は、その後奈川地区全体から担い手を募るようになり、最近は松本市街地など近隣地域からも担い手を募っています。

勝山さん「人がいなくて大変ではあるけれど、梓川など市街地から通ってくれる人もいれば、今年からは信州大学の学生も来てくれるようになった。そういう(地域内外の)つながりも生まれ始めています。」

奈川で100年以上も脈々と受け継がれてきた地域の宝である奈川獅子を、この先も担い手を広く募りながらずっとこの地で続けられるようにと、最近はホームページやSNSの活用を通して奈川獅子の認知を広げる取組みにも力を入れたいとのこと。ホームページを覗いてみると、その勇壮な舞の魅力がひしひしと伝わってきます。

画面越しにもその魅力が伝わりますが、練習会での様子を実際に見学してみると、学校でも習い事でも育むことのできない、生きていくための底力と、言葉や思考でなく心や身体を通した人と人のつながりが育まれているように感じられ、その空気感に心が熱くなりました。練習毎に増す「互いをリスペクトする気持ち」と共に、今年も胸高鳴る祭りの時間が近づいてきています。

奈川獅子
日程:2024年9月7日(土)
時間:19時30分~
場所:天宮大明神 境内
〒390-1611 長野県松本市奈川寄合渡978−1
※雨天の場合は向かいの奈川寄合渡体育館で行う

(写真:奈川獅子HPより)

◆奈川獅子HP
https://nagawa-jishi.com

◆奈川獅子インスタグラム
https://www.instagram.com/nagawajishi/?hl=ja

取材日:2024年8月26日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子