乗鞍高原「のりくら自然保育 木のこ」
~感受性豊かな子どもたちと共に 自分を表現できる場所を~
大野川小中学校のすぐ近くにある「コリビングハウス&スペース すもも荘」では、水曜日の放課後に、子どもたちが学校から集まり思い思いに遊ぶ姿があります。子どもたちをいつもゆったりとした眼差しで見守るのは、相馬蕗子さん。 相馬さんは、地域内外の幼児~中学生を敷地内で一時的に預かって野外保育をする「のりくら自然保育 木のこ」を主宰しています。また、2023 年 4 月より大野川小中学校地域学校協働本部協働推進員(コミュニティスクールコーディネーター※以下コーディネーター)として、地域と学校をつなぐ立場で学校勤務を始めました。そんな相馬さんに、木のこの活動や大野川小中学校の最近の動き、現場で感じている事、これからに向けた想いなどについて、話をお聞きしました。
のりくら自然保育 「木のこ」と子どもたちとの関わり
乗鞍高原に滞在型シェアハウス「コリビングハウス&スペースすもも荘(オーナー:大須田 淑恵さん)」をオープンすべく、旧ペンションの改装が始まったのが 2020 年のこと。
そのすもも荘に、まだ水道も通じていない頃から住み始めたのが相馬蕗子さんです。大町出身の相馬さんは、2015 年に乗鞍高原へ移り住み、持ち前のDIYのスキルを活かして乗鞍高原内にリニューアルするゲストハウスの改装を手伝い、その後もスタッフとして働いていました。 教員免許を持つ相馬さんは、これまでに小学校や保育園勤務の経験があり、教育のあり方に様々な葛藤を抱きつつ、ずっと教育に携わりたいという思いを持ち、子どもたちへの関わり方を模索してきたといいます。
相馬さん「この地域は観光業に携わる家庭が多く、家同士も遠く離れているので、学校や保育園が休みの日に、子どもが友だちと遊ぶことが難しい。せっかくいい環境に住んでいるのに、もったいないという思いがありました。また保護者の方からは、休日になかなか子どもと一 緒に遊んであげられないもどかしさがあるという声が聞こえていて。そういった保護者の思いと自分の思いが合致して 2020 年からすもも荘を拠点に木のこを始めました。」
現在、木のこに登録している子どもの数は乗鞍地域内に 14人、地域外に 8人。水曜の放課後や日曜に希望者が集まり一緒に過ごしています。子どもたちはすもも荘の庭で思い思いに遊ぶのですが、その遊びの種類の多彩なこと!庭で鬼ごっこ、基地づくり、薪ストーブに使う薪割り、料理、ちょっとした散歩や川遊びから、日曜日には一日かけてハイキングをすることも。そんな相馬さんが子どもたちに関わる際に大切にしていることがあるそうで……。
相馬さん「子どもたちの『やりたい!』という気持ちに寄り添いたい。否定の言葉は使わずに、相手が何を伝えたいのか、何をしたいのかを受け止めようと思っています。何か条件をつけることをせず、上下関係のない対等な関係で、同じ人間として話をしたいなと。」
幼少期は、恥ずかしがり屋で友だちにも先生にも自分の意見を言えないもどかしさや悔しさをよく感じていたという相馬さん。中学時代、自分の気持ちを整理できずに学校に通えない時期があったそうです。そんななか、唯一、担任の先生には話ができたのだとか。先生が先入観なく「聴くこと」を大事にしてくれた経験が今につながっているといいます。
相馬さん「担任の先生は、自分の思いを言葉にして話すまで待ってくれた。それだけでなく、先生からクラス運営について『どうしたらいいと思う?』と相談されることもあり、対等に話せる関係があった。自分も頼られることで存在を認めてもらえたような気がする。私も先生のような安心感のある人でありたいと思いました。」
こうした経験から、「聴くこと」と「そのままの存在を認め合う関係性」を大事にする相馬 さんは、「きこちゃん」の愛称で子どもたちに慕われ、保護者からの信頼も厚く、今では様々な悩みを聞く機会が増えています。
△今年から公民館と協力して保育園入園前のお子さんを持つお母さんたちの孤独感解消の ため、気軽に交流ができる子育てサロンも始めた。
コーディネーターとして地域と学校をつなぐ
木のこに通う子どもやお母さんたちに頼りにされる存在の相馬さん。4 月からもう一つ役割 が増え、文部科学省が推進する国型コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)が始まった大野川小中学校で、学校と地域をつなぐコーディネーターになりました。 ※コミュニティ・スクールとは、学校運営に地域の声を積極的に生かし、地域と一体となって特色ある学校づくりを進めていくための制度のこと
相馬さん「学校の先生たちは、この地域について知らないこともあるので、地域にこんな人がいるとか、地域が今どんなことで盛り上がっているかなどを紹介して、中学の総合学習の授業などに役立ててもらっています。」
また相馬さんは、コーディネーターの仕事の延長で、小学生の授業のサポートに入り、学校で直接子どもたちに関わることも多くあります。
相馬さん「コーディネーターになったことで、学校での子どもたちの様子や、先生たちの苦労や楽しさを間近で見られるようになった。学校に入ってみて、子どもたちはもちろん、目の前の子どもたちへの関わり方に悩んでいる先生に対しても寄り添いが必要だなと感じるようにもなりました。子どもを変えようとするのではなく、先生のアプローチを変える、授業を変える、学校を変える、そういう方向になっていけばいいなと。私自身も行動で示せたらと思います。」
地域の子どもたちや学校への関わりに意欲的な相馬さんは、今年5月から松本市で始まったデュアルスクール(現在の住所地に住民票を置いたまま、松本市内の学校に学籍を異動させることができる制度)についても、大野川小中学校で大きな役割を担っています。
デュアルスクール制度の希望者に必要なサポートを
5月に松本デュアルスクールが始まり、大野川小学校へは、9 月から 1 組が制度を利用して 在学中で 11 月には新たに 2 組が利用予定。問い合わせは多数来ており、大野川小中学校が就学先として注目されつつあります。こうした中、相馬さんは、希望者が学校見学する際の付き添い、住む場所や地域の細やかな紹介などを通し、制度利用者の不安や困りごと解消に向けた様々なサポートに励んでいるといいます。
相馬さん「一年目なので試行錯誤。色んな事がありますが、相手(希望者)の立場に立つと、必要なサポートが見えてくると思う。地域としても、住居の整備を進めたり気軽に相談できる居場所をつくったりなど、もっともっとウェルカム感を形にしていけるといいなと思います。」
木のこの野外保育、地域と学校をつなぐコーディネーター、デュアルスクール希望者へのサポートと、乗鞍地域で子どもたちに関わる様々な活動に携わる相馬さんが感じるこの地域の魅力とは……。
乗鞍でつくる 感受性の豊かな子が自分自身を思いっきり表現できる場
相馬さん「乗鞍は人が育つのに必要な環境が揃っていると思う。一つは自然環境。自然から教えられることは多く、自然は癒してもくれるし、自然災害など人の力では動かせないこと もある。自分自身自然から影響を受けていることが一番大きいです。子どもたちもそれを最大限感じられたらいいなと。二つめは、少人数であること。少ない人数だからこそ、一人一人の気持ちをくみとりやすいし、子ども同士も一人ひとりと深く関われる。そして三つ目は、人以外の自然空間に居場所があること。何かに行き詰まった時に、森や川といった逃げ場にもなる居場所があることは大きいと思います。」
この乗鞍という地で子どもに「こうしてほしい!」ではなく、生まれた時から自分の意思をもっている子どもたちが「自分を表現できる場所」を作りたいと語る相馬さん。ご自身も乗鞍でやりたいことを周りの人に受け止められ、認められ、少しずつ実現してきて今があると いいます。そんな相馬さんに、ここから先の未来に向けて思い描く理想について最後にお聞 きしました。
相馬さん「子どもも大人も何かを人からやらされるのではなく、自分でやりたいことを実現できる場所を。一人でやるのではなくて、同じ思いの人が集まって遊ぶ・つくる・仕事をする……。そうして自分のやりたいことを実現できる。何か困った時に、誰かがいてくれる安心感もある。そんな場所を作り、私は自分のやりたいことをやりつつおばあちゃんのように、そっと見守る存在になるのが理想です(笑)。」
子どもたちやかつて子どもだった大人たちがキラキラと目を輝かせながら集まり、個々が やりたいことを安心感と信頼関係を築きながら実現していく……。そんな場所が乗鞍という地にどっしりと根を張った相馬さんという木の周りでゆったりと育まれていくようです。
地元有志が今年自費出版した小説「旅する四季」の中に、相馬さんが描く近い未来の乗鞍暮らしが詳しく書かれている。第 2 版がオンラインで販売中。 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSebSc- Ri6pFGY4QdczwoEJKWXhU4krgosJhHCnoCg2pQB0PAA/viewform
(写真:六月堂 instagram より)
◆のりくら自然保育 木のこ https://kinoko-norikura.com/
◆コリビングハウス&スペース 乗鞍すもも荘 https://sumomonorikura.com/
◆コミュニティスクール(学校運営協議会制度) https://manabi-mirai.mext.go.jp/torikumi/chiiki-gakko/cs.html
◆松本デュアルスクール
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/site/kyoiku/105428.html
◆まつもとお山ですくすく子育てサロン 次回 12 月 13 日(水)開催
取材日:2023年10月17日
写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子
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