乗鞍高原「白樺コースター kamba」
~一の瀬の原風景を守り 地域に新たな循環を生む~
乗鞍高原の中でもひときわ牧歌的でゆったりとした雰囲気が漂う「一の瀬」。そこは乗鞍岳の溶岩台地から成る起伏の緩やかな草原で、乗鞍高原を代表する景勝地の一つです。また、遠くに乗鞍岳を仰ぎつつ白樺が点在するのどかな一の瀬の風景は、地元の人たちにとって大切な原風景となっており、最近は地元住民が中心となってこまめに整備作業を行い、一の瀬の景観を維持しようと精力的に手入れをしています。今回は、その整備作業で出る間伐材を使ってコースターを作り、地域に新たな循環を生もうと取組んでいる斉藤真弓さんに話をお聞きしました。
一の瀬を守り、地域をつないでいくために
△一の瀬の整備から出た、放って置かれたシラカバの木をなんとかしたくて始めたと話す斉藤真弓さん
遡ると、今から20年程前までは一の瀬では牛の放牧がされていました。牛がいなくなった一の瀬では、草木が茂って景観が変わりつつあり、放っておくと先駆植物のシラカバがたくさん生えて、徐々にうっそうとした森に変わってしまうのだとか。
△放牧がおこなわれていた頃の一の瀬(年代不詳 松本市提供)
真弓さん「放牧や人の営みがあって一の瀬の景観が作られてきました。一の瀬の草原の景観は、乗鞍高原が国立公園に指定された理由の一つで、地域で大切に守っていきたいもの。今はこの景観を保つために、地元の人たちがこまめに間伐などの整備作業をして守っています。私もその仲間に入れてもらいました。」
真弓さんは現在、自身も参加している整備作業で出たシラカバ材を使ってコースターを制作し、地域内の飲食店などに置いて販売しています。コースターの売り上げの3%を整備協力金として一の瀬を管理する大野川区に納め、コースターを介して一の瀬の景観を保ち、地域をよくするための循環を生もうという取り組みです。真弓さんがこのシラカバのコースターに付けた名前は「kamba(カンバ)」。
色んな人に乗鞍へ帰ってきてほしいという思いをこめて
真弓さん「この辺りでは、シラカバやダケカンバなどを総称して『カンバ』と呼びます。色んな人に対しての『カムバック』の意味とかけて名付けました。一番大きいのは、乗鞍で育った人に帰ってきてほしいという意味。乗鞍に来たことのある人にもまた帰ってきてほしいし、都会に住んでいる人で自然の元にかえりたい人など、色んな人に届くといいなと思って。乗鞍を色んな人のHOMEにできたらいいなと思っているので。」
そんな真弓さんは、乗鞍高原生まれ。鈴蘭地区で「プチホテル アルム」を営む家族のもとで育ちました。学生・社会人時代には乗鞍を離れた時期があるものの、現在は乗鞍高原に住まいを置き、ご主人と二人のお子さんと共に山の暮らしをたっぷりと楽しんでいます。
△真弓さんは地元への働きと共にご家族との暮らしの時間も大切にしているのだそう
真弓さん「街の方に住んでいた時に、とにかく息苦しさを感じていました。乗鞍にはふらっと森の中に入れる散歩道があちこちにあるけれど、街にはそれがなかった。森に入るとホッと自分に戻れる。私にはそういう場所が、暮らしのすぐ近くに必要なんだと気づきました。」
離れてみて乗鞍の良さに改めて気づき、地元に戻って両親の営むアルムを手伝い始めた真弓さん。しかし戻ってみると、地域から住む人がどんどん離れ、寂しくなっていくことを肌で感じました。地域のために何かできないかという思いがありつつも、何をどうしたらいいのか分からずにいたと言います。同時に、日々向き合う仕事と自分のやりたいこととの狭間で煮え切らない思いも抱えていたそうです。そんな真弓さんが動き出すきっかけは、アルムのお客様との交流だったのだとか。
△kambaコースターは白樺のぬくもりと共にティータイムにそっと寄り添ってくれる。
人との関わりの中で強まった思いと勇気を出して踏み出した一歩
真弓さん「東京に住むヨガの先生と一緒に『ヨガリトリート乗鞍』という企画を数年前からアルムで開催しています。何度も来てくれるお客様たちに、乗鞍の自然のこと・地域の暮らしや一の瀬の整備のことについて興味を持っていただいて。交流を重ねる中で自分でも深く考えるようになりました。自作のシラカバのコースターを元々アルムでいくつか使っていたのですが、かわいいから欲しいと言ってもらえたり、整備で出た材を使う価値を分かってもらえたり。そういったやりとりの中で、整備から出た木材がコースターという品物になって、みんなに使ってもらうことでお金が動き、整備に回せるような循環の仕組みが作れたらという思いが強くなってきたんです。」
△シラカバコースターには、現在鍋敷きサイズ(大)とコースターサイズ(小)がある
お客様に自分のやりたいことの価値を教えてもらったという真弓さん。昨年アルプス山岳郷が企画した地域の若手向けの経営塾に参加して、kambaの事業計画の作成に着手しました。
真弓さん「小さな自分のアイデアを口に出すのは勇気が要りました。でも、地域のみんなとやりたいことを前向きに語り合える経営塾は刺激になったし参加してすごく良かったと思います。」
△自宅脇の一角で作業中の真弓さん。 専用の作業小屋を作れたらとこれからに向け夢は膨らむ。
経営塾を卒業した後、昨年3月に乗鞍高原で行われたイベントの際にコースターづくりの体験ブースを試しに出したところ手ごたえを実感。地域内外で応援してくれる人たちともつながって、事業が動き出すきっかけを得ました。それは例えるなら薪ストーブに火をつけるかのようなきっかけと言えるかもしれません。最初は小さなマッチの火から、根気よく火を起こしているうちに芯となる薪材に火が付いて、途端にパチパチと燃え始め……、その後も真弓さんの「やりたい!」という気持ちを勢いづけるように、次々と周りから応援という燃料が運ばれたそうです。
真弓さん「やりたいことを口に出すって大事だなと。口に出して動き始めてみると、地元の大工さんが材を輪切りにするのを手伝うと言ってくれたり、お店に置くから持って来て!と言ってくれる地元の人がいたり、色んな人がいいね!と応援してくれる。今まで知っていた人とも新しくつながり直す感じで、今すごく楽しいです。」
△材を輪切りにする作業を協力している地元の筒木建工さんファミリー(真弓さん提供)
その動きはなんだか、「そのストーブっていいね!」「良さそうな薪があるよ!」「その火であたたまらせて!」と、真弓さんが火をつけたストーブを囲みに来るかのように、じわじわと人が惹きつけられていくかのよう。そんな真弓さんがkambaを進める上で大切にしていることとは……。
真弓さん「地元の人たちに応援してもらえるようにつながりを大切にしつつ、自分にできないことは周りに助けてもらい、なるべく一人でやらないようにと心掛けています。みんなでやった方が楽しいから!」
△機械で研磨した後、ここからヤスリをかけ滑らかにしていく。ずっと触れていたくなる滑らかな肌触りや樹皮をいかした素朴な形状も大きな魅力。
かつては、何でも一人でどうにかしようとしがちだったという真弓さんは、kambaを始めてから、人とつながって一緒に進む楽しさを実感しているそう。また最近は、kambaを通してだけでなく、年齢が上の世代の人と若い世代の人、地域の外の人と中の人、住む家を探している人と貸したい家をもっている人などの間に立つ機会が多く、「地域のパイプ役になることが、自分の役割の一つなのかもしれない」と自身の役割について認識を新たにしたそうです。ここから更に、目の前のつながりを大切にしながら、「乗鞍という地域を未来の世代へとつないでいく力になりたい」と話してくれました。
真弓さん「地域のみんなが、自分の仕事にプライドをもち、その仕事を通して地域のため・誰かのために、いきいき・にこにこして働けるといいなと思う。それぞれが家族の時間を大切にしながら。乗鞍のあちこちで遊びながら。そんな風に、山に住んでいることを心から幸せと思える人が増えたら最高!」
乗鞍と歩んだ色んな時間がある真弓さんだからこその「乗鞍を色んな人のHOMEにしたい」という思いが、kambaにこめられ地域内外に回り始めています。地域の原風景を守り、みんながいつでも帰ってくることを願って。じんわり心と体があたたまる薪ストーブのようなあたたかさと共に。
◇kamba Instagram
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◇kamba取り扱い店舗
【乗鞍高原内】
・六月堂
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・ALICE de café
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・そば処 合掌
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【金沢】
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◇近日取り扱い開始店舗
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(春以降取り扱い予定)
◇店内で利用中
・irodori
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写真:セツ・マカリスター
聞き手・文:楓 紋子
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