取組インタビュー#20

20分

上高地「ネイチャーガイドFIVESENSE」

~上高地好きになってもらうため “好き”をつなげて魅力発信~

日本屈指の山岳景勝地「上高地」と言えば……?多くの方にとって何よりも強い印象として思い浮かぶのは、河童橋から見上げる穂高連峰の雄大な山岳風景ではないでしょうか。その景色を目に焼き付けるため、毎年多くの人が河童橋を目指して訪れます。そんな中、河童橋からの風景だけではない上高地の、奥行きのある魅力を届けようと尽力している方がいます。

つい素通りしてしまいそうな自然の姿にも目をむけて

△ネイチャーガイドFIVESENSEの山部茜さん 五千尺ホテル前にて

「葉が黄色くなるのは、緑の色素が壊れるから。寒ければ寒いほど黄色くなる。まだ緑色で耐えているのは、寒さに負けじと頑張っている証拠ですね。」

河童橋から少し奥へ入った小梨平キャンプ場近くでのガイドウォーク中のこと。ふと目に入ったカラマツの黄葉のグラデーションについてさりげなく解説を添えてくれたのは、ガイド歴16年、ネイチャーガイドFIVESENSEのさくらさんこと山部 茜さん(以下さくらさん)。

△少し奥へ入るだけで静けさが広がり、自然の色や鳥の声、風で葉が揺れる音に自然と意識が向く。

さくらさん「私たちのガイドウォークはコースタイムの倍をかけてゆっくりと歩きます。こうして河童橋から一歩奥へと足を踏み入れると、見える景色も印象もだいぶ変わるんですよ。」

さくらさんは参加者の要望に応じて、その時期に最適と思うコースを提案し、つい素通りしてしまいそうな自然の姿にも目を向けるきっかけを作りながら一緒に歩いてくれます。

△小梨平キャンプ場から見る穂高連峰。山へぐっと近づいた印象。

上高地でのガイドウォークの変遷

今でこそプロガイドによるガイドウォークは上高地で地元からも観光客からも広く受け入れられていますが、ここに至るまでには地域の課題をなんとか乗り越えたいという地元からの切実な思いと、ガイド達の努力の積み重ねがあったそうです。

さくらさん「上高地を拠点に民間のプロガイド団体が活動を始めたのが今から15~20年程前。FIVESENSEは五千尺ホテルのガイド部門として2005年に始まりました。当時は『河童橋で写真を撮って終わり』というお客様が圧倒的に多く『10分観光』と言われる短時間滞在の課題がありました。そこでガイドウォークで何時間か歩いて上高地に長く滞在していただけるように……という地域からの要請があったのです。」

当時はまだ観光客にとって「ガイド=ボランティア」という認識が強く、ガイドにお金を払うことへの抵抗感があったと言います。しかし、さくらさんがガイドとして加わった2007年からの約10年の間にプロガイドに対する一般認識が変わっていき、ガイドを雇って歩くことが徐々に広く浸透していったのだそう。上高地としてもネイチャーガイド協議会を2008年に設立。協議会をつくって人材育成し、ガイディングスキルを磨いてきました。(※現在FIVE SENSEは協議会を退会)

「好き」を共有するところから始まったガイディング

幼少の頃から自然の中で遊ぶことが大好きで、とりわけ植物に特別な興味を持っていたさくらさん。そのままに職業への夢が膨らんでいき、自然環境に関わる仕事がしたい!と自然環境の保護について学ぶ専門学校へ。その後、先輩の紹介で上高地のガイドになったそうですが、当時は人と接して関わることにどちらかと言うと苦手意識を持っていたのだとか。

さくらさん「専門学校時代、周りには植物や動物には興味があるけれど、人間には興味がないという人が多くて。私もそうでした(笑)。でもこの仕事に就いて、人と関わることの必要さも面白さも段々と分かるようになりました。」

新人の頃は知識も経験も乏しいなか、できるのはお客様と「好き」を共有することだったというさくらさん。現在は知識も経験も増え、FIVESENSEのディレクターとして新人の教育係も任され責任のある立場に。そんなさくらさんが、新人ガイドにまず伝える肝心な心得があるそうです。

さくらさん「ガイドは接客業だということ。お客様の希望によってツアー内容はガラリと変わります。お客様の要望は多種多様で、お花を見たい方・苔やきのこを見たい方・鳥を見たい方・お子さんなら『夏休みの自由研究のため植物を教えてください』、『一人で歩くのは不安だから同行してください』など。私自身はガイドになるまで、ガイドは知識が最重要事項と思っていましたが、今私たちが一番大事にしているのは、お客様が何を求めているかをちゃんと聞いて、それを提供することですね。」

その方の上高地の思い出が深く残るように、ちょっと一歩引いて、その時の自然とお客様に応じて豊富な引出しの中からふと取り出してみたり、お客様に引き出してもらったりしながら、臨機応変にガイディングすることを大事にしているようです。

さくらさんのその豊富な引出しは、お客様に接するごとに深みが増し、上高地に住んでいるからこそ日々・年々充実しているよう。とりわけさくらさんが刺激を受けるのが、小さなお子さんを連れてガイドをする時だそう。

子ども達の「好き」に触れること その喜び

さくらさん「私たちが何とも思っていないものを、お子さんは不思議に思ったり面白がったりする。例えば、変わった葉っぱを一枚紹介したら、途端に葉っぱをたくさん探し出すお子さんや、虫にばかり夢中になるお子さんがいます。子どもの捉え方って新鮮ですね。」

何に興味がわくのかは、一緒に歩いてみないと分からない。だからこそ、目の前の子どもの「これが好き!」と思う心に火がつく瞬間を共にできることが面白く、ハッとさせられるのだとか。また、子ども達に刻まれる上高地での体験は、一緒に歩いたその時に興味や好奇心の種がパッと芽吹くこともあれば、子ども達の胸にその子なりの思い出として大事に残り、数年後ふと思ってもみない時に蘇り、再び上高地へ訪れてくれるきっかけになることもあるようです。さくらさんと共にする上高地の時間を子ども達がどんな風に受け取って、数年後どんな風に芽吹き、実を結ぶのか……それはまるで子どもたちの心に「好き」の種を撒くかのよう。

より多くの方に上高地好きになってもらうために

そんなさくらさんがディレクターを務めるFIVESENSEの上高地ガイドは人気を博し、2019年には環境省による「エコツーリズム大賞」の特別賞、20年は優秀賞を受賞しました。その受賞がきっかけで「もっと多くの皆様に上高地の魅力を発信し、上高地好きになっていただきたい」との思いから作られたのが、2021年に発行された「上高地フィールドノート」。さくらさんが見つけた上高地の「好き」をつなげた数珠の一冊です。上高地の自然や歴史などをテーマに知見を伝えてくれるのですが、さくらさんがそっと隣で語り掛け、ガイドしてくれているかのような温もりを感じられます。

△上高地フィールドノートを手にするさくらさん。

さくらさん「上高地は11月15日で閉山となりますが、冬の間も厳冬期の上高地を紹介するオンラインガイドツアーや、ガイドによる講習会(対面・オンラインの同時開催)を企画しています。」

冬の上高地というと、なかなか気軽には足を運べないため、この企画は上高地ファンにとって人気のよう。また、冬期だけでなく来シーズン以降についても、更なるファン層の拡大と情報発信の拡充へ向けて取り組みを進めているようです。

さくらさん「今まで上高地に来たことのない若い方・インバウンドやユニバーサルガイド(耳の聞こえないお客様・車いすのお客様)への対応のほか、ガイドならではの情報発信にも力を入れていきたいです。」

淡々と着々と歩みを進めるさくらさんのまなざしは、賑わいのある持続可能な上高地の未来を凛と見つめているようでした。

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上高地と言えば……という河童橋から見上げる穂高連峰の眺めだけではない、そこから一歩奥の方へと足を踏み込んだところにある、見過ごしてしまいがちだけれども、いつ訪れても不思議と感動がつまった上高地の自然の魅力を伝えるために。上高地を訪れるのが初めての人に「興味をもって来てもらえるよう」、一度訪れたことのある人にも「また何度でも来てもらえるよう」、上高地で「好き」の種を撒くさくらさんらFIVESENSEの取組みが、変化していく上高地の自然や上高地を取り巻く人と共に歩みを進めています。時期を変え、所を変え、さくらさんと一緒にじっくりゆっくり、上高地を歩いて「好き」を探してみたくなりました。

◇ネイチャーガイド ファイブセンス
https://fivesense.guide/

◇ネイチャーガイドさくらの上高地フィールドノートhttps://gosenjaku.shop/items/607f802edf62a90f11c1c0fe

◇上高地の自然をガイドと学ぶ講習会 「Discover Kamikochi」https://fivesense.guide/blog/fivesense-info/124901/

◇上高地オンラインガイドツアー【冬期】
https://fivesense.guide/blog/fivesense-info/125012/

写真:セツ・マカリスター

聞き手・文:楓 紋子

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