取組インタビュー #16

24分

乗鞍高原「のりくらトイレプロジェクト」

~気持ちの良いトレッキング環境を維持するために~

アルプス山岳郷の中でも、知る人ぞ知る豊かなトレッキングフィールドが広がる乗鞍高原。短時間で気軽に散策できるルートから、時間をかけてじっくり歩けるルートなど、トレイルのバリエーションが豊富なところが魅力です。そんな乗鞍高原の散策を思い切り楽しむために欠かせないものと言えば……?散策マップや行動食、雨具にトレッキングシューズなど、装備品や携帯品の準備は多くの方が心得ているかもしれません。しかし思わぬ盲点と言えば、トイレのこと。散策の途中、しばらくトイレがないと気づいた時に大慌て!……なんていうことがないように、実際に歩き出す前には、マップ上でトイレの位置を確認する方も多いのではないでしょうか。

当たり前にあるようで、実はとても有難いもの。今回は、乗鞍高原のトイレを支える「のりくらトイレプロジェクト実行委員会」を代表するお三方に話をお聞きしてきました。
(※インタビューは2021年10月に実施)

△のりくらトイレプロジェクト実行委員会を代表して高橋貞広さん(写真右)、中原由紀子さん(写真中央)、小峰邦良さん(写真左)

のりくらトイレプロジェクトとは?

乗鞍高原内には現在、数基の携帯トイレブースと仮設トイレが設置されています。それらは、のりくら観光協会の有志の方々で構成される「のりくらトイレプロジェクト実行委員会」の皆さんが、主体的に管理しています。公共のトイレと言うと、行政の管理下にあるのが一般的。ましてや乗鞍高原は、中部山岳国立公園内に位置する貴重なフィールドの一つです。それなのに、乗鞍高原のトイレはなぜ有志の方が管理しているのでしょうか? 

△つつじ園駐車場にある富士山トイレで作業する皆さん

中原さん「高原内には野外のトイレが少なく、ペンションでお客様に高原散策をご案内する際にも困っていました。他のお宿の方も、お客様を連れて歩くガイドさんも同じような悩みを抱えており、市に現状を訴えて対応をお願いたこともあったのですが、なかなか上手くいかなくて……。」

松本市では、地元の要望を受けてバイオトイレの設置に向けて対応を検討したこともあったそうです。しかし、結局は数年経っても設置に至らず、地元が期待するような対応の実現はなかったのだとか。

中原さん「散策に出かけたいのに、散策の途中にトイレがないから……と歩くことを諦めて帰ってしまうお客様がいらっしゃるのが、本当に残念で。それにトイレの問題は待ったなし。野外で仕方なくされ、それが日々どんどんと積み重なると大変なことになってしまうので、どうにかしなければと動き出しました。」

そんな流れから、のりくらトイレプロジェクトは観光協会の支部組織として2014年に始動しました。まずは、散策の際に携帯トイレを自分達で使ってみることから始め、様々な種類の携帯トイレを比較したり、先進地を視察して参考にしたり。そんな中で出会ったのが、(株)エクセルシアの携帯トイレ「ほっ!トイレ」です。

携帯トイレ「ほっ!トイレ」とは?

「ほっ!トイレ」は、排泄前に処理剤のタブレットを処理袋に入れるのですが、薬剤が臭いを吸着するため、長時間匂わずに保てる画期的な携帯トイレだということが分かり、乗鞍でも採用することになったそうです。

△携帯トイレ「ほっ!トイレ」(写真:エクセルシアHPより)

高橋さん「乗鞍高原では、いがやレクリエーションランドにまずは一か所、携帯トイレのブースを設けたのが始まりで、そこから元気づくり支援金の補助を得て、ブースの数を増やしていきました。現在は高原内に4か所の携帯トイレブースと、一の瀬のつつじ園駐車場に1か所「富士山トイレ(富士山でも活用されている、足踏み式で薬剤を流す仮設トイレ)」があり、それらを管理清掃しています。何が大変かと言うと、使い方を間違える方が度々おられ、清掃が大変になってしまうこと。野外トイレのマナーをどう分かりやすく伝えるかは課題です。」

※冬期は閉鎖中のトイレもあります。設置個所について詳しくはトレハナHPへ
https://www.norikura-toilet.com/pages/4172695/page_202008251557

ブース内を一度汚してしまうと、次の方が使えず困ってしまいます。そうなると、誰かが清掃するまで、トイレブースがしばらく使えなくなる状況が発生してしまう。また、つつじ園駐車場に設置されている仮設トイレは、流す薬剤が足りなくなる他、容量がいっぱいになるとあふれて大変なことに……。そうならないよう、陰で動いているのが、トイレプロジェクトのメンバーの方々です。

気持ちの良い散策を楽しんでいただくために

小峰さん「ある時は、中原さんからの連絡を受けて、朝5時に清掃へ駆けつけたこともあります。ブース内が大変なことになっているからと連絡があり早朝に出動したのですが、まだ暗くて作業ができないなんていうこともありました。あの時はさすがに早すぎました(笑)。」

中原さん「夕方にトラブルを見つけて、このままでは次の日に使えなくなって大変なことになるから、朝早く作業しなきゃと思ったもので(笑)。」

△作業の様子を話してくださるプロジェクトの皆さん。皆さんは宿泊業やガイド業など本業の合間に時間を作って見回り作業をしている。

プロジェクトメンバーの方々は、交代制でトイレブースの見回り清掃をする他、中原さんや小峰さんのように、たまたまトラブルを見つけたら緊急で処理をする・当番でなくても日ごろ歩きながら気に掛けるなど、「お客様に気持ちの良い散策を楽しんでもらうために」と目に見えないところで、なくてはならない働きをされています。つい最近まで、この作業がボランティアで成り立っていたというから、皆さんには頭が下がるばかりです。今も十分な予算が付けられていないのが現状だそう。

知ってほしい 携帯トイレの使い方

プロジェクトの皆さんが、誰でもがまずできることだと口を揃えるのは、「携帯トイレを知り、正しく使うこと」。マナー良く使うことで、次の人も、乗鞍高原の環境も、地域を支える人たちもハッピーになっていく好循環が生まれると。そこで、携帯トイレの使い方と、つつじ園駐車場に設置されている富士山トイレ(仮設トイレ)の使い方をご紹介します。

【携帯トイレの使い方】

△携帯トイレブースに貼られている、イラスト付きの案内

① ブース内に設置された便座台に「ほっ!トイレ」などの携帯トイレをセットする

② 袋にタブレット(薬剤)を入れる(※ほっ!トイレの場合)

③ 排泄する

④ ビニール袋をしばって持ち帰るか、ブース内の回収ボックスに入れる

※携帯トイレを持っていない場合は、ブース内にて購入可能。また、トレッキング前に購入する場合は、乗鞍観光センターに自動販売機がある。


【富士山トイレ(仮設トイレ)の使い方】

① 協力金100円を入れる

② ブース内で排泄する

③ 足踏みで流す

④ 便器が汚れた場合はブラシで掃除する

携帯トイレも富士山トイレも使い方はシンプルなので、知っていればとても簡単で、いざという時も慌てる必要がないので安心。また携帯トイレについては、散策だけでなく、災害時にも使える汎用性があるのがいいところ。中原さんの話では、この地域で携帯トイレを使ってその便利さを知り、災害時のために大量に購入された方もいたそうです。

乗鞍高原のトイレ 未来へ向けヒーローと歩む

日々ガイド業でお客様を連れて高原内を歩く小峰さんは、トイレの重要性についてこんな風に話されていました。

小峰さん「こんなにも広大で歩けるコースが豊富にある乗鞍高原は、国内では類を見ない貴重なトレッキングフィールド。国もその価値を認めている国立公園のこの場所に、トイレがきちんと整備されていないというのはあり得ない。安心して歩いて頂けるような環境を作らないといけないし、しっかりとしたバックアップ体制が必要ですね。」

更に、携帯トイレブースがいくら増えても、用済みのごみを処理するには課題が残るため、処理方法に関する新たな動きも最近あるのだとか。それが、ミミズに分解処理させて土にするという試み。まだ実験段階とのことですが、海外では事例があり、持続可能な国立公園の在り方を模索する環境省も、この取組みに興味を示しているようです。

中原さん「乗鞍高原で実現できれば、周辺のトイレ問題に困っているフィールドにも応用できるのではと期待感をもって取り組んでいます。」

トイレのことを理由に乗鞍高原の散策を諦める人がいなくなるように」と始められたトイレプロジェクト。プロジェクトの皆さんは、この乗鞍高原の環境に合ったトイレが拡充されていくことや、地域内での処理システムの確立をも目指しながら、引き続き環境改善に取り組んでいきたいと意気込んでいます。「自分たちの大好きなフィールドを多くの方に気持ちよく歩いていただくため 自分達ができることを」という思いに溢れている皆さん。話をお聞きしていると、トイレ問題に真摯に向き合い、フィールドの平和を維持するために日夜労力を惜しまず対策作業に当たっている皆さんが、乗鞍のフィールドを支える影のヒーローに見えてくるのでした。

その皆さんが、まだ課題もたくさんあると語るのりくら高原のトイレ問題。行政による一刻も早い支援の拡充が待たれるばかりですが、すぐにできることとして、散策者を送り出す人・実際にフィールドを歩く人が、気持ちのいい環境を維持するためのちょっとした心遣いを行動で示すことができたら、その積み重ねは大きな違いを生むように思いました。「トイレを見れば心が分かる」と言われるように、トイレは使う人・環境を維持する人の「心」が透けて見えるバロメーター。一人一人の行いや心がけが、周りの人にどう影響を与えるか、そのことをトイレプロジェクトの皆さんが体現してくれているような気がしてなりません。

「使う人」から、「共に支える人」へ。陰で支えてくれている人の存在に感謝しつつ、まずはフィールド内のトイレを正しく知って正しく使うことから、そして周りにも伝えるというアクションから始めてみませんか?乗鞍高原の素晴らしい環境をより多くの方と共有するため、私たち一人一人がフィールドを支えるヒーローの大事な仲間なのだというささやかなプライドをもって。お三方の話をお聞きして、そんな風に乗鞍に関わる全ての人へと伝えたくなるのでした。

◇のりくらトイレプロジェクト トレハナHP

https://www.norikura-toilet.com/

◇NEWS 23 ウユニ塩湖の環境汚染を救え【SDGs】
(乗鞍トイレプロジェクトが紹介されました)
https://www.youtube.com/watch?v=n6cAsBxhaR0


写真:セツ・マカリスター

聞き手・文:楓 紋子

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