乗鞍高原・奈川「ホップ栽培を通した地域づくり」
~美味しいビールで地域とみんなを笑顔にしたくて~
乗鞍高原・奈川の両地域で、名産の蕎麦に並ぶ新たな農産物を作り地域を盛り上げようと、数年前から試行錯誤を続けている人達がいます。彼らがチャレンジしているのは、ビールの原材料でもある「ホップ」。なぜこの地域でホップを栽培するのか?挑戦を続けている乗鞍高原の良波岳さんと奈川の岡部亮介さんにお話を聞いてきました。
△ホップ栽培を乗鞍高原で手掛ける良波岳さん(右)と奈川で手掛ける岡部亮介さん(左)
ホップ栽培に取り組み始めて
7月下旬のある日、乗鞍高原内にあるホップ畑を訪ねると、空に向かって高くのびるホップ棚に、たわわに実がつき始めていました。実を半分に割ってこすり合わせたものを鼻に近づけてみると何ともいい香りが。まるで、体の中に気持ちのいい風がスーッと吹き抜けるような心地になりました。実を割ったときに見えた黄色い粉状の物質「ルプリン」が香りと苦みの元になるのだと岳さんは教えてくれました。
△ルプリンは香り・苦みの元であるだけでなく、ビールの泡もちや保存性を良くする働きもあるそう。
楓 独特でとてもいい香りですね。乗鞍でホップ栽培というと、新しい試みと感じるのですが、栽培を始めたきっかけは?
岳さん 20代の頃からビールが本当に好きで、とにかく『おいしいビールを飲みたい!』という気持ちがそもそもの始まりです(笑)。自分は生まれも育ちも乗鞍高原。地元を離れていた時期もありますが、次第に地元のために何かできないかなと考えるようになって。そんな時に、乗鞍高原でホップが自生していることや、60年ほど前まではホップが栽培されていたという話を聞いて、もしかして自分もここで乗鞍ホップが作れるのでは?美味しいビールが作れるのでは?と思ったのです。
この地域でホップ栽培の歴史があったとは言え、栽培に関する資料などはなく、独学でホップ栽培を学んだという岳さん。まずは知人が畑を貸してくれることになり、乗鞍ホップを栽培するチャレンジが始まりました。
△最初の年に、りんご棚を参考に作ってみたホップ棚。(写真提供:岳さん)
岳さん ホップは縦に伸びていき、地上5m以上の高さになります。またホップの心臓は根っこと言われていて、地中深くにも根を伸ばしていきます。多年草なので、一つ株を育てると年々根が張ってしっかりしていき、10年とか、長いもので30年も生きると言われているんです。
△上にも下にも長く伸びるホップを支える棚を設えるのは、とても骨の折れる作業なのだそう。
この地域ならではのホップを使った唯一無二のビール
△栽培を始めてから5年経過したホップの株は、年を重ねるごとに着実に根を張り、年々順調に力強さを増している。
楓 ホップから、すごく元気なエネルギーを感じるように思うのですが、乗鞍高原で育てるホップには、どんな特徴があるのでしょうか?
岳さん 一般的にホップを育てるのは寒冷地が良いと言われています。ホップの香り成分は気温に関係があり、標高の高い乗鞍高原は、まさに栽培適地。この地域はお盆を過ぎると一気に冷え込みます。お盆明けに収穫する直前のその冷え込みのおかげで実がキュッとしまり、独特の香りと苦みが生まれます。この香りと苦みは他の地域では出せない特別なもの。また、標高が高いことで、平地では発生する虫の害がほとんどなく、農薬を使わずに育てられるのも大きいですね。
△ホップは雑菌の繁殖を抑える効果もあり、ビールの保存性を高めてくれる。山岳地の気候風土だからこそ、良質なホップができる。
楓 初めてご自身で手掛けたホップを使ったビールを口にした時は、どんな感じだったのですか?
岳さん 松本でクラフトビールを醸造する松本ブルワリーさんと繋がり、乗鞍産のホップを使ったビールが誕生したのが2018年。初めてそのビールを口にした瞬間は言葉にならない美味しさと感情が沸き上がりましたね。それまで色んな形で力を貸してくれ、応援してくれた人たちとビールが飲めるのも本当に嬉しくて。
20代の頃からビールが好きで、ドイツビールやベルギービールなど数々のビールを飲み比べてきた岳さんの感覚からも乗鞍高原産のホップは特別な材料だと思えたそう。
△乗鞍ホップの独特な香りや苦みについて客観的にも示せるよう、今年は成分を分析し、数値化する予定だと語る岳さん。
乗鞍ホップを通じた出会いやつながり
ホップ栽培を始めてから、人との縁が不思議と繋がって、周りの人の力やそのありがたみを日々実感しているという岳さん。畑作業に手が足りず困っていると、勤め先の会社や地元の仲間が駆け付けて手伝ってくれたりもするそうです。クラフトビールを醸造する松本ブルワリーさんとの繋がりも知人の紹介から。昨年は知人を介して池田町にあるPolarisActさんとも繋がり、乗鞍ホップのハーブティーを販売することになって、ホップの活用に新たな可能性を見出せた。
そしてまた、岳さんと同時期にクラフトビールを作りたいと思っていた奈川の岡部さんとの出会いは、タイミングだけでなく、クラフトビールへの思いや、地域への思いも重なり、お互いにとって栽培を始めた時から大きな心の支えになっているのだとか。
△昨年の春まで、地域起こし協力隊として安曇・奈川地区の地域づくりに関わる活動をしていた岡部さん。5年前にこの地域に赴任してから現在に至るまで奈川で暮らしている。
岡部さん 僕も、もともとクラフトビールが好きで、奈川の知人から畑を借りることになった際、ホップ栽培をしてみたいなと思っていたのです。ちょうどそんな時、ホップ栽培を始めようとするタイミングの岳さんと知り合いました。すぐに意気投合し、自分も奈川でやってみようと思い、始めることに。奈川も野生のホップが自生していますし、気象条件も似ているので、乗鞍高原と同じく栽培適地には違いないと思います。
△岡部さんは乗鞍高原とは少し違う棚の作り方で40株ほどのホップを栽培している。(写真提供:岡部さん)
楓 お二人でホップ栽培を進めてきて良かったことは?
岡部さん やっぱり、情報共有できることですね。些細なことでも、「今こっちはこんなんだけどそっちはどう?」などと気軽に相談できるのは、本当にありがたくて。
岳さん 本当にそう。一人では、ここまでできなかったと思っていて。栽培に関して一人で不安なところを岡部君と相談しながら進めたりできるのは、心強いです。
△互いの畑の様子を気にかけながら取り組んでいるお二人は、あれこれ話題が尽きない様子。
乗鞍高原と奈川、それぞれの地域で試行錯誤を重ねながら進めるホップ栽培。同じように育てていても、ちょっとした土の違い・棚の違い・気象条件の違いなどから、株の様子にも違いが出てくるようです。その違いも面白いのだと語るお二人。インタビューの最中も、畑を眺めつつホップの話に花を咲かせるお二人は、同志という言葉がぴったりな様子でした。
乗鞍ホップと共に地域とみんなを笑顔にしたい
楓 お二人は、ホップ栽培を通じた地域への思いにも共通点があるということですが、どんな思いをもって、どんな風に地域の未来やご自身の未来を考えているのでしょう?
岡部さん この地域で栽培されたホップを使って美味しいビールができ、注目される存在になる事で、地域を盛り上げたいというのが一番です。また、自分は醸造にも興味があるので、数年間修行に出ることも考えています。醸造の技術を身につけて、奈川の地でビール醸造ができるようになったら面白いなと思っています。
岳さん 今、乗鞍ホップはこの畑で年に30株ずつ増やしているのですが、それを年々拡大していきたいなと思っています。醸造については、自分も興味があります。この地域は山からのきれいな水に恵まれていますし、香り高いホップと共に醸造するとどんなビールができるのか……。やってみたいですね。そんな風に広げていけば、働き手も必要になり、新しく仕事が生まれるのではと。ゆくゆくは、この地域に住む人が増えたらいいなとも思っています。まずは、乗鞍ホップで作った美味しいビールを目当てに、人が地域に訪れる。そんなきっかけになって、みんなで美味しいビールを味わえたら嬉しいですし、乗鞍ホップが日本全国に広がっていったら最高ですね。
△ホップの株が年を重ねるごとにこの土地に根付き、力強く空に伸びて実りを増やしていく様子は、どこかお二人の姿に重なる。
インタビュー中に印象に残ったのは、必要な時に周りから手を差し伸べられ、山の恵み・思いを共有できる人と繋がれる不思議さ・有難さを噛みしめるお二人の姿。そのお二人の「美味しいビールをみんなで飲んで、みんなを笑顔にしたい!」という純粋でまっすぐな思いと、畑に向き合うひたむきな姿勢、そしてこの地域をより良くしたいという願いは、一度味わうと思わずファンになってしまう乗鞍ホップの香りのよう。地域内外に気持ちのいい風がスーッと吹き抜けるかのように、着実に共感・応援の輪が広がっています。
現在お二人は、8月中旬までの期限で乗鞍ホップ・マクアケクラウドファンディングに挑戦しています。第一弾の目標額には到達したそうですが、生産量を増やすために更なる設備投資をし、乗鞍ホップを継続的に盛り上げるべく、引き続き支援を募っています。思いが詰まったクラウドファンディングのページもぜひチェックしてみてください。
〇乗鞍ホップ・マクアケクラウドファンディング
「乗鞍高原のホップを日本中へ。ホップで地域とみんなを笑顔にしたい!」
www.makuake.com/project/norikura_hop/?iossrc=pj_list_tab_recent
写真:セツ・マカリスター
(楓 紋子)
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